水滸伝の里をたずねて

 済南から、どこに行こうかと考えた。普通なら泰山と曲阜
だろうけど、それではあまりに型通りで面白くない。
 で、街で買った地図を見ると水滸伝の古里がある由。な
らば型破りに道を外れて、ここは「替天行道」だとばかり、
梁山泊の梁山と「武松打虎」の「景陽岡」に行くことにした。

  水泊梁山通り
向こうに見えるのは梁山泊ではないか?

豪傑たちは寝ている?静かな通り

 済南からバスで4時間半、混んでいて身動きできずとも向かうのは水滸伝 の里、たとえ新しい中国になっても、はぐれ者・流れ者・荒くれ者がいるのは 世の常、ならば梁山はその伝統と知名度で溜まり場になっている可能性がない 筈はない……と、気分は武松や李逵といった男の世界へと飛んでいく!

 荷澤(※「荷」のイがさんずい)行きのバスなので、梁山でポツンと一人 降ろされる。砂塵の中、広がるのはガソリンスタンドとだだっ広い道路。そこ のバスに乗ればいい……とだけ言われてそのまま路線バスの人間となる。 うーん、広いけど、フツーの田舎の街みたいだなぁ、とちょっとしおれて来る。
    通りは結構長い 
ま、ともかく街を縦断してみよう、と30分ほどバスに乗る。はぐれ者・やくざ者 はいない。こぎれいな広い道路が東西か、南北に走り、すっきりした町並み になっている。もしかして、その道路から見ると、比較的新しい町かもしれない。

 うーん、ここなんだろうなぁ、とそれらしく「水泊梁山」と大門に記され た通りを見つけ、ここからは歩行者。なかなかよく作っているではないか、まだ 十年もたたないうちにこれだけそれらしく作るって大変だな、でも、黄金周 というのに、人が少ないな、そもそも豪傑たちは真昼間からどうしてるんだ ろう、まだ昨日の名残で寝ているのかなぁ……と一人ぶつぶつ言いつつ、商店 ・餐庁・土産屋の並ぶ通りをぬける。


   梁山泊
  血湧き肉踊る梁山泊遠景

 通りを抜けると、山道。「梁山武芸学校」といった名の学校を左に見る。 ここで、道場破りでもできたらいいなと勝手に思ったりして、むこうを見ると それらしい山がある。低いけれど、雰囲気は十分だ。うん、なかなかのものだ。
  結構それっぽいではないか

 時折通過するバイク・タクシーが乗っていけ乗っていけ、と声をかける けど、そんな訳にはいかない。なにしろ行くのは梁山泊、軟弱な乗り物にな ど乗っていけるか!飲んでも酔っても歩くに限る。それにしても……、一日 にすごい距離を飛ぶように走ったのは誰だっけ?忘れているなぁ。武松も すごいけど、李逵のスゴサは何だっけ?あんなに好きだったのに、豪傑108人 どころか10人も名前を思い出せないぞ。あぁ、生きるって、忘れることなの かな……とちょっぴり自己嫌悪。
  待っていたのは観光地・梁山泊

 一時間もかからずにその梁山泊に到着。旗はにぎやかにはためき、 人々は梁山泊めざしてハイキング。「梁山保護区」と石碑にはある。なる ほど、今や梁山泊も立派な観光地なのだ。導遊(ガイド)はいらないかい、 などと観光客向けの声もかかる。あぁ、観光、おのぼりさん、イヤダ嫌だ と、入場もせず、引き返す事にした。

 そもそもが語り物だった水滸伝は実話ではない訳で、この梁山泊も それを模したものであることは百も承知のことだった。中国人も水滸伝の 匂いを求めてここに来るのだろう。ここに、その匂いはある。しかし、 どんな風に匂いを立体化するのかというと、日本の俗な1960年代の観光地風情 があふれていて、ちょっと悲しい。土産屋、うるさいスピーカー、一回限り のもうけを追う人々……ここだけにしかない観光地を作ることはできないのか?



  陽谷から景陽岡へ
  陽谷バスステーション前の彫像

 ともかく、ここは武松の猛々しさで元気をつけないといけない、と景 陽岡のある陽谷へ向かう。地図で見る限り、済南→梁山の三分の一もない。 1時間半もあればバスでつけるだろう、と心積もり。が、これが大きな誤算。 距離が問題ではないのだ。問題は、どこを走るかという、当り前と言えば 当り前のことだった。舗装無き細い道は埃をたてて颯爽と走るものの、時速 は微々たるもの。切符は陽谷までなのに、河南省の台前で別のバスに乗換え させられて、また山東省に入り陽谷に着いたのは、まるまる3時間もかかった 午後4時だった。      景陽岡
 外回りはとても立派、武松も許すだろう

 それでも、陽谷バスステーション前には、左上のような彫像が大きく そびえ立ち、気をそそる。ここはいちはやく武松のもとへ、景陽岡へ馳せ参 ずるべきだ。「焦らない青春なんてあるものか!」と、早速、通りかかった 自転車タクシーに声を掛ける。すると、あきれた顔で「20qもある!」と言う。 これはいかん、とバスステーションに戻り、眼を皿のようにして探しまくり、 やっとバスを見つける。バスはまたまた砂塵の中を優に45分は走り、やっと 景陽岡に到着した頃には、日も傾いていた。
 入ると一応それらしい…

 あたりはゆったりとした農村。「景陽岡」と目立つ大門がそびえ、その 向かいには、小さな屋台が数軒あるだけで、中国将棋をしたりしていて、 夕餉前のひとときを過ごしている土地の人の生活の匂いが漂っている。 空気が温かく包む。

 早速、入場することにした。いずれにせよ、太陽は西に沈もうとして いる。下手をすると、武松のように日暮れとなり、岡を越えざるをえなくなり 虎に合う眼にあってはならない。
陽谷の彫像の方が立派

 うろ覚えの水滸伝のこのくだりは、こんな風だったような気がする。

 どこぞへ向かう武松が、この景陽岡に来ると時既に夕刻となっていた。 そのまま峠越えすればいいのだが、なんと酒店があるではないか。 そこは武松、ちらりと覗くとうまそうな酒が並び、酒の香りが漂っている。 男・武松ほっておけない。のれんをくぐると、「いらっしゃいませ」と言う 老板の声。うまい酒と、よさそうなつまみを片っ端からもってこい、 と男・武松は答えて当たり前。
「岡」なのに低いのはなぜ?
で、なかなかの酒とつまみに舌鼓をうち、 老板の背にある酒棚をみると、まだまだ酒はあり、うまそうにオイデオイデ をしている。そこで、武松がフーッと息を吹きかけると、酒は踊りだし、 男・武松、全部持って来い!と、もう男の極致。老板は、そこは商売人。 したたかに武松に応じ、そつなくかなりの酒を飲ませ、武松が泥酔状態と なるに至って、「旦那、夜遅くの峠越えは危ないですぜ。何しろ虎がでま すので」と、ささやく。しかし、ダメだ・危険だと言われれば言われるほど やってみたくなるのが男・武松。颯爽と峠越えに出かけるのであった……。
 なぜか羊を飼っている?

 今回、済南に来たのは、そもそもが「山東快書」で、この下りを茶館 か何かで聞けるかなぁ、という気持があったからだった。しかし、済南では どうにも、やっている場所は見つからなかった。「武松がフーッと息を吹き かけると、酒は踊りだし」という下りは、動作入りで一見(一聞?)の価値 ありと何かで見た古い記憶がある。
 景陽岡タバコ、なんと8元

 語り物から、その種本が水滸伝へとつながった、という。そして、その 水滸伝の1エピソードであるテーマパーク・景陽岡にいる。そんな醒めた眼 でここを見てみると、「あぁ、もったいないなぁ」という思いがする。

 作りすぎるのだ。あまり作らずに、そのままの田園風景を生かしながら テーマパークにすることはできないのだろうか?まず、峠越での虎との遭遇が 一つのポイントなのだから、せめて岡に相当する場所を探すべきではなかった だろうか?そして、公園で羊を飼ったり、「猿園」を設置したりすることは 避けるべきではなかったか?庶民の憩いの場──という設定は分かる。しかし、 やはり武松や虎とは余りにも無縁なものを作らない方がいいのに、としみじみ 思った。

 という訳で、この景陽岡には、武松が飲んだくれた酒店を模した建物 などもありながら写真も撮らずに帰ることにした。陽谷へ引き返し、そして 北の聊城に到着したら、すでに7時をまわっていた。

(2002.10.2訪問、10.15記)


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