仕 事

「卒業なんてしたくない」
 昨日・7月4日は、卒業式だった。といっても、働いている人も、 翌日に試験がある人もいて、正式な式典には参加できる人は少なく、 記念撮影をして、昼食を兼ねたコンパになだれこんだ。



 2002年9月にこの学院に来て、初めて受け持ったのが彼らなので、僕に は忘れられない学生たちだ。しかも、2003年4月からのSARS騒動もあって、 彼らは6月までずっと外出ができなかったため、つながりは強い。
 このページの2002年11月2日に彼らの画像があるが、そのうちの右の2枚 に当たるクラスの今日が、掲載画像の左と右。どちらも、正式な記念撮影 前にそっと撮ったもので、前列の空席に僕が坐ることになった。

 撮影後の昼食会は、二つのクラスに半分づつ出たため、ちょっと 忙しかった。僕の知らなかったカップルが誕生していたり、また、仕事先 で知り合った彼氏を連れてきたりしていて、そんな彼氏に向かって「いい子 なんだから粗末に扱ったら許さないぞ!」とビールの勢いで、むきになって しまったりした。
 二つのクラスのうち一つは、入学から卒業まで同じ先生が担任をされて いて、しかもその先生が秦皇島の学校へ転任するということで、「卒業 なんてしたくない」と、涙を流して訴えていた。むろんそれは、女学生 なのだが、それを遠巻きに囲んでいる男子学生の眼差しも、とても温かな ものだった。 (2004.7.5)


「先生ありがと」
 今日は最後の授業。といっても、明後日から3日間にわたって、山東省の 試験があるので、そのためのいつも通りの授業だった。
 なのに、授業の合間に、班長(クラス委員)の張○君がサッと寄ってきて、 「先生ありがと」と、記念品を僕にくれて、そして温かな拍手。
 こういうのが苦手でたまらなくて、その場はなんとかしのいで、部屋 に戻ってすぐに開けてみると、一人一人のサインが書かれた「DIARY」 というノートなど。
 名前を一つずつ追いながら、そのうちの半分ちょっとしか顔が浮かばない 自分が情けなかった。 (2004.6.30)


「助平な日本人」
 日曜日夕刻は、卒業生の会話練習のために用意している。卒業生というと 語弊がある。正確には、この7月4日に卒業式を迎える3年生のことだ。
 今日は、史○○さんと王○剛さんが来た。二人とも、企業に実習として 既に勤めていて、学校では学ぶことのない事を色々体験している。
 そこで気になったのは、女性の史さんが綺麗な日本語で、「わたしの 会社を訪ねてくる日本人は、皆とっても助平なんです」と漏らした一言。 僕にとっては、日本人というレッテルは離れたくとも付きまとう負のもの でしかない。そして、日本語を教えているこのジレンマ。 (2004.6.27)


「男は辛いね」
 下に書いた先週の頭からやっている個別指導での問題の一つがこれ。 漢字・熟語・短文の読みを問うものだ。
 解答の秀逸は、「オンナはキラいね」。真面目に対応していた顔が一挙に 崩れてしまった。彼の本音が思わず出たのかとさえ思われたほどだ。 答えたのは男子学生、まじめな人で、クラスの所謂学級委員(こちら では班長という)だ。
 かなり多いのは、「オトコはカラいね」。女子学生がそう答えると、 御免なさい、と言う気持になってしまう。 (2004.6.16)


キャンパスは、期末試験が終わりかけて いて、
 もう今週末から帰省が始まろうとしている。だが、僕の担当する 学生は、7月2日から山東省の試験がある。そういうことで、 頑固に30日まで授業を続けることにした。また、先週から、二人づつの 個別指導を、授業とは別にやり始めた。
 面白いのは、学生の顔が見えることだ。これって、当たり前のことな のだが、見えていたつもりの教室やLL教室での授業とはまったく違っ ている。素顔が見え、こちらも素顔が出てしまうこと、それ自身がとても おもしろい。
 「箸が転んでもおかしい年頃」ってやっぱりあるんだ。それも、女学生 だけでなく、男子でも、と改めて再認識している。はずむ心を相手にで きるって、も、最高! (2004.6.14)


「自分の名前を日本語で説明してみましょう」
 会話の授業でそう言って紙に書いてもらったものの、添削に苦労した。 苦労の原因は、
@日本漢字と中国漢字が違うこと。たとえば、「呉」という姓の学生は、 「口の下に天と書きます」と書いていた。(日本語がかなりできる!)
A同じ漢字を使っていても、日本ではあまり使わない漢字のため、漢字解釈 が難しいこと。たとえば、「尹」とか、「楊」という字。
 越えなければならない溝は、とても大きい。

※なお、前回の3月10日の記事に関して、即日「『灌籃高手』は『スラムダンク』 という名前です」というメールを頂戴しました。ありがとう。 (2004.3.29)


「一休和尚」「櫻桃小丸子」「蝋筆小新」「灌籃高手」。
 若い女子学生が、うれしそうに書いてくれた人気日本アニメの題名である。 二年生のクラスをこの2月から担当し始めたので、今週から数人ずつ 部屋に来てもらっている。授業では、50人もいるので顔が見えない。だが、 4・5人だと、人となりがはっきり分かる。学生も同じなのだろう、顔が 見るからに嬉しそう。いつも思うけれど、こういう笑顔を見ると、こちらまで うれしくなる。

 でも、きついこともある。「日本語を勉強したのは、日本へ留学したいから です」とハキハキと言われた時だ。日本の物価は中国の十倍、あるいは 二十倍もして、留学するとしてもアルバイトしないといけないんですよ……。
 そう答える時、いつも思う。日本学生の中国留学は簡単なのに、その逆は、 なぜこれほどに大変なのかと。こんなに素朴に日本へのあこがれを抱いて いるのに、しかし、……と。それに、所得差と物価差だけではない。この 数年、中国人と中国人留学生への偏見が、日本の一部では異常な形で増幅 しているではないか。

 しかし、「あこがれ」を抱いている人の顔は、すてきだ。「あこがれ」が、 たとえ叶わなくとも、「あこがれ」が人を、人々を輝かせるだからだろう。
 ところで、最初のアニメの題名ですが、最初のは簡単、その あとは、「ちび丸子」「クレヨン新ちゃん」で、「灌籃高手」はバスケットボール が舞台らしいけど、どうにも分かりません。わかったら、どうか教えてください。 (2004.3.10)


ここ中国のTVによると、今年の中国での 大卒学生は160万人いるという。
 GDP7%以上の高度成長中だというが、就職は厳しいようだ。僕 が担当している三年生は、もはや「卒業生」。三年制の大専なので、 三年後期授業の出席義務はない。かつて四十人以上いたクラスも十人前後。 出席している学生は、まだ就職先を見つけられないでいる。といって、 いない学生が全て仕事を得たということでもない。

 学生の一人から今日、メールが来た。先週は来ていたのだが、 就職難で故郷に引き返したという。そして日本への留学も考えている が、物価の高さと「中国留学生殺人事件の影響で今年から日本へ行く のは難しいです」と書いてきた。
 メールの返信を書こうとして、言葉に詰まった。
 のんきに、その三年生の授業で、『プルートーのわな』や『高野聖』 や、啄木の短歌を扱ってきたものの、「就職ガイド」と題するプリント を急いで作成、日本語による面接試験対応授業に切り替えた。 (2004.2.25)


「せんせー、こんにちは」
 2月16日から後期授業が始まり、学生の声が胸にひびく。それにしても、 なぜこんなに素朴なのだろう。冬休みで1ヵ月ほどいた東京、山手線で 見かけた女子高校生は、いつもなんか恐かった。話も 不気味だった
 そういえば、TVで観た小泉首相の強弁も恐かった。話も不気味だった。 (2004.2.19)


冬休みに入り、学院は急にひっそりとして いる。ガランとしたキャンパスが不気味なほど。
 一つ一つの目が、今、ふるさとに輝いているのだろう。 (2004.1.9)


■12月31日なので、『元旦聯歓晩会』があり、 歌を歌ってきた。『誰もいない海』から始まって『北国の春』、『学生時代』、 『月光仮面』、そして数少ない歌える中国の歌『我愛北京天安門』。
 どれも用意していなかったから、調子外れだったのはいつも通り。 でも歌うが勝ち。おもいきって歌って、スッキリはればれ! (2003.12.31)


今さっき夜の『日本概況』の試験をして 帰ってた。自分らしさを出したのは、38問のうちの4つほどだけど、 結構楽しんだ。例をあげると、
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○日本では、どの時代も天皇が実際に政権を担当してきました。(○×で答える問題)
○梁山泊に集まった水滸伝の豪傑達と同数なのは(  )です。(4択問題)
 ア、七夕竹に結ぶ色紙の数  イ、お正月に鳴らす爆竹の数
 ウ、除夜の鐘の数      エ、警察の電話番号
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という形で、『日本世情』という教科書には、そこまで触れていない もの。
 でも、結果は8%ほどの誤答で、誤差も含めて考えると結構みんな聞いて くれたのだなぁ〜、と嬉しかった。 (2003.12.24)


日本語能力試験が終り、それ向けの授業の 出席はガクンと減った。この点、極めてプラグマティックなのだが、こちら としては、それを利用して好きにやることにした。

 以前も触れた日本の歌、『神田川』そして『誰もいない海』のカセットを 持って行って、どんな風に解釈するのか知ろうという試み。うまいことに 出席者はほんの数名。チャンス!

 『神田川』の難しさは、女性の心を男性が歌っているところにあるのだ けれど、すぐそれに気づいてくれた学生もいた。しかし、問題は、「 若かったあの頃/何も恐くなかった/ただあなたのやさしさが /恐かった」という 二度繰り返されるフレーズ。
 「やさしいことって、嬉しいことでしょう。なぜ恐かったのでしょうか?」 と質問してみた。これは、結構難しいのかな、ある女子学生は、「男性を思う 女性の気持は男性以上に深いものがあります。そして、この男性と離 れてしまうことになったのですが、彼のやさしさを忘れないでいたのです」 という風に、全体構図をつかんでいながら、やさしさがなぜ恐いのかには、 触れられなかった。

 その点を見抜いたのが、男子学生。「やさしさは貴重なものでしたが、 でも、それがいつか無くなってしまうことを恐れていたのではないでしょう か」
 だが、『誰もいない海』が失恋の歌だと気づいたのは、その女子学生だった。 「今はもう秋/誰もいない海/知らん顔して/人が行き過ぎ ても/私は忘れない/海に約束したから/辛くても辛くても死にはしないと」 という似たようなフレーズが三回つづく歌なのだが、彼女は、「海と約束なんて できませんね。誰と約束したんですか」という問にも、「自分の中にある自分 と約束したんです」と答えていた。

 僕の解釈が正当とは必ずしも言えず、他のハッとするような解釈もありうる 微妙なやりとりだったけれども、僕個人はとっても楽しかった。 (2003.12.11)


『日本概況』という授業を9月から担当 してきていたのだが、今日は、ちょっときつかった。
 というのは、この授業で「第二次世界大戦」にふれた所に入ったからだ。 教科書は『日本世情』という中国の"外語教学与研究出版社"から出されて いるもので、日本人の佐々木瑞枝という方が著者。

 日本を紹介した本で、コンパクトでありながら、よくまとまった本で、 しかも、中国語で単語の意味・注釈・文型・語句の使い方・本文訳なども 掲載されていて、学習者の目線に立った出来のいい本だ。
 しかし、現代史、しかも「第二次世界大戦」部分について述べた部分は ひどい。短いので引用する。
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  「日本・ドイツ・イタリアはアメリカ・イギリスなど連合国を相手に戦い、日本軍は半年後どんどん負
 け始めていきます。しかしこのニュースは国民には伝えられません。このひどい状態、食べるものも
 なく、学生までが戦場に送られ、中学生や女学生は軍需工場で働かされています。こんな状態がい
 つまで続くのでしょうか。1945年8月、目の前に広がるきのこ雲、世界最初の原子爆弾が広島に落
 とされたのです。そのあと長崎にも落とされました。こんなことが歴史上あってはならなかった。
 これから先にも。」
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 これだけしか書かれていない。被害者史観のみで、加害者としての 眼は何らない。訳者(中国人)もさすがにマズイと考えたのか、この本のここ だけに「訳者注」を中国語でつけ、「第二次世界大戦」についての「侵華」 的側面を指摘している。

 この点について、当然触れた。夜の7時45分から79人の学生相手なので、 誰かがどこかで何かを話していることが多いのだけれども、すっごく静かに 考えて聴いてくれたように思う。
 それにしても、この点を除けばなかなかよくできた日本紹介教科書なのに、 こういうレベルの歴史観で書いてしまうというのは、困る。改めて、現在の 日本を考えてしまう。 (2003.12.10)


二つ下でふれた日本語能力試験なの だが、かなりの学生が受験する。週二回、そのヒアリングを担当してきた のだが、学生にとっては是非とも合格したい資格試験のようだ。

 どの級も「文字・語彙」「聴解※」「読解・文法」とあり、1級は日本語 を900時間程度学習したレベル、2級は600時間程度学習したレベルだと いう。しかし、そのレベル以上に難しいように思える。そして、致命的な のは、いずれも四択マークシートである点だ。受験者の多寡以前に、語学 試験として記述を問わないこと、会話能力を問わないことは、およそ試験 の要諦を逸している。

 とはいえ、すがる眼には弱いので、この二週間、授業とは別に毎日昼休み 90分弱、補習をつづけ今日終えた。あさってがその試験。努力がむくわれる のがヒアリング。がんばって!と祈るばかり。そして、出題側には、 何かあったらケチをつけてやるぞ、という気持になっている。

※「聴解」というのはこの業界用語で、ヒアリングのこと。しかし、 一般日本人が知らない「聴解」を試験科目名として付するのはなぜ? 「ヒアリング」といった外来語を良しとせぬ、という態度であるなら分かる。 ならば、科目名も「聞き取り」として、出題試験内容も外来語を排する形で あるべきだが、そうでない。そういった意味でも、この試験は、日本語を 真剣に考えていない。 (2003.12.5、12.11補)


LL教室でのヒアリング授業。腰掛が 二つない。こういう場合、記入する用紙があって、「腰掛が二つない」 と記入しようとするが、腰掛に相当する「deng子」のdengがどう書くか わからず、学生に聞く。
 すると「ケ」の字を書き始めた。それでは、「缺兩个ケ子」となり、 読みようによっては、「ケ小平が二人足りない」といった意味になる。 おもわずニヤリ。世が世なら、すっごいことになってしまうかな、と 思うとますますおかしくてたまらなかった。 (2003.11.26)


こんなのってありと、最近思うのは、日本の 国際交流基金がやっている日本語能力検定試験。なんか、世界で数十万の受験 者がいるそうな。すっごい業界を日本は作ったな。(権威的!金儲け?)
 ──と言っていられないのが仕事。というのは、その試験の関係科目を担当して いて、日々悩ませられることが多いのだ。分かりやすいところで語法(文法)の 問題を一つ。下の四択から選ばせる問題。
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○課長は部屋に(   )、また会議のために出て行ってしまった。
 1.もどったとたん 2.もどって以来 3.もどり次第 4.もどったかと思うと
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 日本の大学受験でも「為にする馬鹿な問題」ってあるけど、こういう問題を 外国人向けに作る感性が分からない。僕は、今の地球に生命を受けていて、 @人間が生きてる上で、すっごいものを考えた人の言葉を学びたい、とか、 A沢山の人が世界で話している言葉を学びたい──とか、分かる。
 でも、そういうのを抜きにして、こういう問題を外国人に課そうとする人の 顔を見たいし、そうして喧嘩したい。(いや、喧嘩したくもないし、見たくもない) (2003.11.20)


今日は、大失敗。乙女を泣かせてしまったのだ。 というのは、ほかでもない、「先生、わたしは文法は勉強しますが、ヒアリングは 勉強しません」という一言が、カチンと来てしまったことによる。
 それでは、駄目です。文法は大切ですが、生きた言葉は、「聞く・話す」の中に あるのですから、勉強しなくてはいけません……。と、二十分ほど、とうとうと 語り尽くしてしまったのだ。今から思えば、変な教師らしさがそうさせたといえる。
 しかし、教師に良さがあるとすれば、それは想像力をふくらませて学生の話を聞く ということだった筈なのに、その点は僕の中で作動していなかった。かわいそうに、 乙女は、「先生、怒ったんですね」と辛そうに語った。
 簡単な間違いだったのだ。時制を語れなかっただけの間違いだったのだ。「文法は 勉強しましたが、ヒアリングは勉強しませんでした」ということを言いたかっ たのだ。そして、ヒアリングの勉強方法を尋ねたかったのだ。相手が三年生だと油断 していたため、「傲慢なことを言う」と思い、よって逆にこちらこそ傲慢に高飛車に 出たかもしれないと思うと、自分に恥じ入るばかり。 (2003.11.17)


[丸い月 コップの中に 落っこちた]、日本概況 という授業で、俳句についての説明文を読んで、「はじめての宿題で〜す。俳句って いうものを作ってみましょう。でも季語はいりませ〜ん」と言って集めてみると、 こんなのがあった。
 この授業は、なにしろ夜の7時45分から9時20分というとんでもない時間で、しかも もっととんでもないことには79人も学生がいるのだ。パフォーマンス命の人にはいいか も知れないけど、おとなしい人生を歩んでいる僕としては、もう困った時間帯、困った 人数なのである。
 ま、そんな時、きまぐれに、よって初めて宿題を出してみた訳だが、集めてみると 面白くて、プリントにして配ることにした。先にあげた虚を付くようなものにはドキッ ときたが、こんなのはどうでしょ?[人の目は 心の窓は 手の友は]……う〜 ん、バラバラのようでしっかり統一が取れていて、それに何よりもスッゴイのは言いた いことを言い尽くさず読み手に放り投げていることだ。
 他のドキッとしたもの、[夕方に 誰かの心 とんでいる][高い山 自然な姿 不思議物]などなど。駄洒落風だけど、いいなっていうのを一つ、[泰山め いどうしてねず みいっぴき]。これは「泰山鳴動し鼠一匹」をもじったのだが、この「泰山鳴 動……」は中国の故事成語にはないはず。どこかで習った日本の諺を生かして、「泰山 め 移動して寝ず」と言ったのがスゴイ。でもあとの「みいっぴき」が続ききれてない のがちょっと悲しいけど、ま、がんばってると思う。
(2003.11.14)


自由恋愛がいいです」会話練習の一コマ、若い男女は自分で相手を選ぶのが理想のようだ。
 話は、「『恋愛世紀』という日本のテレビドラマ知ってますか」という質問から 始まった。「う〜ん、若い人向けのドラマって見たことないし、名前もしらないんです」と言うと、「先生、恋愛に興味はないんですか」と迫ってくる。ここは、三十六計逃げるに如かずと、「えっと、もう卒業してしまいましたから」とさりげなく、しかし、哀愁をこめて語りかけると、納得したのか、話題は僕個人から離れていった。
 そこで、こちらから攻勢をかける。どんな結婚がありますか?と聞くと、他人の紹介、両親や親類の紹介、自由恋愛と三つの答。どれがいいですか?には、「自由恋愛がいいです」が全員。
 といっても、たった四人に聞いただけだし、また彼らが12億を代表している訳でもないのだが……。 (2003.11.8)


今学期は、学生の顔が覚えられないで困る。というのは、週14時間の授業は変わらないのだけど、担当する科目は三つ、そしてそこで出会う学生 は、合計三百人にも及ぶからだ。
 しかも、L・Lの授業が大部分のため、ついたて越しでしか、学生の顔を見ることは少ないときている。
 それでも、道を歩いていて行き違うと、「先生、こんにちは」と男女を問わず、必ず 声をかけてくれる。掛け値なしに、すばらしいと思う。
 ところで、ひとつ。「L・L教室」という表現は、誰がどこでいつ勝手に作った言葉 なのか。こちらでは「語言室」と呼んで、いかにもそれらしい。日本では何でも訳の分からぬ外来語に頼る。それに比べるなら、たとえそれが「中華思想」と野次られろうと、分かりやすさは抜群だ。訳の分からぬ「L・L教室」などと、一体誰が言い始めたのか? と、コンピューター制御の「語言室」を日々使用していて思う。 (2003.10.30)


夕刻、いつものように牛肉麺の店にポッとでかける。 すると、懐かしいことに、劉○君がいる。今日から実習で、青島で有名な AUKUMA という 家電関係の会社に出かけて始めたとのこと。
 劉○君は、去年の9月から今年の6月まで、会話を担当した間柄。就職を控えている 三年生で、今の時期に実習に出るということは、こちらでは、ほぼその会社に就職が 決ったということを意味していて、彼のような人が選ばれるということは、ちゃんと した伯楽がいると思えて、嬉しかった。
 劉○君は、学院からそう遠くない山東省農村の出身。その素朴さが、昔の日本に あったような素朴さと重なる感じで、話していると、何か、僕のおじいさんを 感じさせていた。
 今は、彼の授業を担当はしていないのだけれど、そういう巣立ちのための第一日目に遭遇 できたことが嬉しく、また、彼の嬉しさもズンと伝わってきて、青島ビールで乾杯!
 ちなみに、この乾杯なのだが、中国式は文字通り全てを乾すことになっている。そう しないと、礼儀に反することとなる。よって、僕は常々、この乾杯の儀式に恐れを抱き、 乾杯しつつも、心が乱れることとなる。で、乾杯時には一瞬、覚醒せざるをえないのだが、 そこで、彼の杯は、なぜか僕の杯の下にぶつかることに気づいた。二度三度、四度五度、 「乾杯」といいつつ、杯がぶつかり合うと、いつも彼の杯は、僕の杯の下、5pの位置にある。
 年輩の人に対する敬意だという。なるほど、と思いつつも、そういった気兼ねなしに、 気楽に杯を交わすことも大切なのだ、と当たり前のことを当たり前のように考えて、 帰ってきた。 (2003.9.26)


新入生が入り、キャンパスは「軍訓」(軍事訓練)で ごったがえしている。人民解放軍の若い兵士が来て、直接、新入生を指導するのだ。 何を?というと、行進練習を日がな一日つづけている。
 ま、オリエンテーションの1コマなのだろう、と高をくくって横目で見て見ぬふりしていた が、実態はかなり本格的なものだ。朝、7時半から11時半まで、午後は2時から5時 まで、手の振り方から足の上げ方まで、そして全体行進、徹底してクラス単位での特訓を 受けている。
 会話練習に来ている三年生に聞いてみると、全国どこの大学でも新入生向けメニュー として、一週間ほど行われるという。たいていは、「きつかった」という感想だったが、 中には「クラスの皆と心が一つになる良さがありました」というのもあって、一瞬、 考えてしまった。するとそこへ、「日本でも、大学の新入生にありますか?」と、 矢継ぎ早の質問。
 「日本ではやりません。軍国主義になってしまいますから」と、即座に答えてはみた ものの、「軍国主義」の説明を求められ、しどろもどろに……。形の同一性だけではなく、 その拠って立つものやプロセスこそが重要だと思えるのだが……。 (2003.9.9)


故郷が恋しくなりませんか?」学生に尋ねられると、 「いいえ全然」と言いきれなかったりして、困ったこともあったけれど、なんとか、 課外の希望者向け会話練習も終わった。
 2月末から18週間、延べ302名。SARS騒動以降は、外でやったのでまた違う面白さ があった。いろんな人がいる──というのが実感。もしかして、日本の若者以上に バラエティーに富んでいるかもしれないとさえ感ずる。
 しかし、家族想いの一点は誰もが共通しているように思う。故郷や家族のことを 話す学生の姿は、日本では見ることができないものだ。日本の近代は、「家出」 から始まった。昔の日本は農村が大部分で、幼馴染が年をとってお茶のみ友達になり、 一生を終えていたっ人が多いけれども……などと言ってもなかなか通じない。 しかし、彼ら彼女らがこれから意識せずとも故郷の農村を捨て、都市で働くことになる だろうことを思うと、本格的な「故郷離脱・故郷喪失」をこの地も迎えているように 思ってしまうのだ。 (2003.6.26)


僕の心は今日の天気のようなんです!」──学生と 芝生の上で会話練習をしている時に、フッと男子学生が漏らした言葉。すっごい!って 思わず賛嘆、賛美、ドッコイショ!
 確かに、空を見上げても曇り空、横を見ても学生ばかり、広いといっても狭い キャンパス。そして、SARSのため出られない生活がもう二週間も続いている。 どう見てもムキムキマン・体育会風の男がこんな洒落た言葉を語るとは思いもし なかった。
 「詩人ですね」と偉そうに言ってしまったけど、彼の感性に自分が及ぶとは思え なかった。
※ということで、SARSなにするものぞ!と、学生との気楽な交流はやはり面白いので 続けています。 (2003.5.7)


2月20日から始まった二学期以来、延べ120名余りの学生が、 僕の部屋に「会話練習」に来てくれてたけど、今週は、SARS の影響で、キャンセルが 結構ありました。
 昼休みや放課後を利用して、1時間ちょっと気楽に会話する──というもので、 その間休めなかったりするけど、学生の素顔をちょっとのぞけて楽しい時間です。
 キャンセルになると、その分、ゆったりできますが、ちょっとさびしい感じ。SARS の ため、人間同士の交流が妨げられるって、あちこちで計算されている経済効果よりもっと 大きいですね。 (2003.4.26)


4月5日朝、一学期に担当していたクラスの学生から、電話 で、「ゴールデンビーチに、自転車で、今日クラスで行くので一緒に行きませんか?」と 誘いがあり、自転車ということなので行くことにしました。
 2月に戻ってから、もう数度足をのばした僕の好きなとこの一つですけど、学生のみんな と行くのは初めてなんです。みんなは、レンタル自転車を借りて、もう元気一杯なのです けど、僕の7×3段ギア・マウンテンバイクという秘めた武器にはかないません。
 あんまり遅いので待っていると、「先生、つかれましたか?」といたわりの言葉を丁寧に かけてくれるのですけど、「いいえ、全然つかれてません」と語る自分が薄情者のような 気がして、帰りはマイペースで走り抜けてきました。
 ゴールデンビーチでは、バレーボールやサッカーをして、写真撮影に胸をときめかして いる学生諸君の姿に、とっても懐かしさを感じました。 (2003.4.5)



3月6日、まだ寒い青島ですけど、東京から来客がありました。昨年結婚されたばかりの 若い新婚の方ですので、待ってました!とばかり、うまい具合にぶつかった「結婚式」 についての会話授業に思いっきり参加してもらいました。(僕はこの手のものが苦手なんで もう、「闇夜の提灯」どころか、「棚から牡丹餅」の気分でした〜!)
 学生諸君も、いつになく興奮気味で、来客のお二人が帰った後も、「美人と美男子の夫婦 ですね〜!」と語っていました。無理に「えさ」にされてしまったお二人には気の毒ですが、 本当に感謝しています。画像は、3月7日、その授業の時のものです。 (2003.3.7)


二学期(後期)の授業が今日、2月20日から始まりました。 一学期は会話を三クラス担当していたのですが、今日からはそのうち一クラスだけが継続 で、他は一年生のヒアリング担当となりました。新しい気分で、新しい人々と出会うのは やはり楽しみです。 (2003.2.20)


一学期(前期)の授業と試験ははほぼ終りました。こちら は旧正月(春節)で祝いますので、陽暦での年の暮れ・新年は余り関係がありません。 それでも、今晩はクラスごとに『元旦聯歓晩会』をやるそうです。その招待状をいただ いたり、また何十年ぶりのクリスマスカードを頂戴したりして、ちょっと舞い上がったり してます。 (2002.12.31)


こちらは、九月はじまりの前期・後期二期制です。で、 現在、試験を徐々に行っています。みな真剣です。面接試験なので、直接的にこちら が問われる度合いは高くなります。面接試験中、目を見開き、質問に息を凝らして耳を 傾けている姿には敬服します。「ありがとう」で終わることにしていますが、それだけ ではすまない気持でひき帰してきます。 (2002.12.15)


秋晴れの日には太陽の日差しに身体をゆだねたいし、 、またデジカメで何かを撮りたくなる。で、担当しているみんなを昼休みに撮る事に した。一人ずつと全体写真という形。撮影するときがとても面白かった。一人一人 思い思いのポーズで
ファインダーに向かうし、意外な人が突拍子もないアクションで皆を笑わす。 全体写真も自然とだれ彼が指示して、カメラマンのおじさんはあくせくする必要なし。 写真撮影が楽しくてたまらない風なのが伝わってきて、こちらの心もはずんだ。 撮った画像は、クラスごとにhtmlにして一人一人にフロッピーで渡す予定。 onojiras氏に送ってもらって助かった、ありがとう。ここには、肖像権の問題も あり、そのhtml掲載はせず、全体画像も顔が判別できない小さいものだけとし ました。でも、雰囲気くらいは伝わりますよね。 (2002.11.2)


「気楽に話に来て!」と、最初の時に言ったんです けど、これまでに延べ26人くらいの人が部屋に来てくれました。ふだん目立たない 意外な人が来てくれるっていうのは、日本での経験で分かります。しかし、 「故郷はどちらですか?」と聞いて、内陸の地名を答えて、「とても貧しいの です」と何の気兼ねもなく答えて、そしてみんなで楽しくアレヤコレヤと 話して帰った後、ふと、考え込みます。あれは、と。僕は、本当の貧しさを 知りません。もしかして、他の友達もいる前で率直に語った彼女に対して、 とっても横柄で失礼であったのではないかと……。彼女の澄んだ眼に、そして一緒の 友達にしっかりと見通されていた気がしてなりません。 (2002.10.22)


仕事は、45分物が週14コマです。一番早い時は、朝8時前に始まります。 朝はどんなに早くてもいい、というオジサン的な僕には最適です。週休3日で、 今は比較的余裕があります。(ごめんなさい) 何よりも職住接近どころか、 職住、いや食職住一体的環境というのが楽ですね。
 でも、身体を使ってしか仕事できない頼りない肉体派なんで、連続4コマ の時は、身体も心も結構やつれます。なんとか頭を使って仕事できる頭脳派 になりたいな、と感じています。(2002.9.13)


食 事

 トルストイでした?『人はパンのみにて生くるにあらず』という小説は?
 それって、「パンだけでは生きていけないのだ、どう生きるかが大切だ」 という真面目な小説なのかもしれないけど、題名で誰もが思うのは、 「パンだけでは生きていけないよなぁ〜、やはり肉とか魚も必要だよなぁ。お酒も あるといいなぁ、」ということでは?。
 で、こっちの考えもとっても真面目なんで……。と、いうことで、「食・飲」に 焦点を当てて気楽に書いています。

青島ビール

  これまでの青島ビール

   新しい青島ビール
 生ビールに気をとられていた間に、「青島ビール」がいつのまにか 変わってしまった。味は悪くはないが、前の方がずっとおいしかった。 そして値段も一割方高くなってしまった。
 いつも買うスーパーの人も嘆いていた。「前の方がいいのに。でも、戻 らないでしょうね」そして一所懸命、「これまでの、青島ビールは、どの ビールにも使える汎用の瓶を使ってたのに、新しく専用瓶にしたため、 空き瓶の値段が前の半分くらいになってしまったの」と言う。
 新しい製品をどんどん開発して消費者の欲望をつくっていく、というのが 市場経済の原理ならば、「青島ビール」は、まさにその定式どうりを歩んで いるのだろう。
 しかし、外国人である僕でも、あの「青島ビール」の味は、30年来親しん だものだ。それがない今、「青島ビール」に、そして青島に別れを告げる日 は近い。 (2004.6.30)

レイシ
 ギラギラした太陽が空に貼り付いているせいか、街をぶらついていて もすぐ喉が乾く。そこで露店に目を向けると、レイシがあるでは ないか。
 楊貴妃の好物で、ライチともいう。爬虫類のウロコを思わせる表皮を 剥くと、プチッとした透明な果肉があらわれる。まるで、食べられるのを 待っていたかのようだ。みずみずしさが口の中に広がる。甘すぎることも ない。
 清新さとは、このことを言うのだろう。 (2004.6.8)

瓜・西瓜
 瓜や西瓜が顔を見せるようになって、半月くらい経つ。瓜は黄色くて、 昔の、まくわ瓜が丸くなった感じ、西瓜は日本のより少し小振り。
 出始めは人民元的には結構な値段なのだが、そろそろ値ごろ感が 出てきた。ためしに、瓜を購入、サクッとした歯ごたえが夏の到来 を感じさせる。 (2004.6.6)

満州族風餃子
 このあいだの日曜日、卒業生に誘われて行った「大清花餃子」 という店の餃子がおいしかったので、食べて来た。
 水餃・煎餃・蒸餃とあって、その煎餃は日本の焼餃子によく似て いる。蒸餃は蒸篭でむしたもの。
 水餃子そのものに不満があるわけではないのだが、やはり単一 よりも多様性がいいのは、餃子についても言える。 (2004.5.24)

刀削麺
 卒業生から電話があって、一緒に学食の第3食堂で、刀削麺を 食べてきた。この麺は、漢字の示す通り、刀で削って3・4cmの麺に したもの。
 学院には第4食堂まであって、ふだん僕が利用するのは、教職員 のための食堂がある第1ばかりで、この第3食堂は初めて。品数もたくさん あって、しかも、その刀削麺、なかなかの味。 (2004.4.9)

ホテルの牛肉麺
 うっかりドジをしてしまった。ちょっと麺類を食べようと、小さな ホテルに入って注文したら、出てきた牛肉麺は、なんと直径10cm、 深さ3cm状の容器に入ったもの。
 味はまあまあ、なのだが、量がなんとも少なすぎる。小皿に入った 麺で満足できるはずがない。
 でも、これが普通だったのだ。麺類は、ご飯や餃子と同じように主食なの で、料理の後に食べるものなのだ。その鉄則を忘れてしまっていた。麺類専門店に慣れすぎて、中華料理の「当然」を失念していた。 (2004.4.3)

冬冬麺
 このところ、麺類に凝っている。学院すぐ側の「一品牛肉面」という 店もまあまあなのだが、一に具が物足りない、二に味が慣れすぎた…… ということで、ともかく、麺を求めて自転車を転がすようになった
 学生に紹介されたのが、「牛大碗・冬不拉」という店。こちらの麺類 は、一般に小さな碗で、何かのびのびと食べられないのだが、ここだけ は、店名通り大碗で、日本のラーメン丼に引けを取らない大きさだ。
 何度か、紅焼牛肉麺を口にしたが、今日は思い切って他の物をと、 「冬冬麺」というのを注文してみた。キシメンそっくりの麺、牛肉なのか、 何なのか分からない具が、麺を隠すようにのっている。量もたっぷり、 味もなかなか、辛さも適度。お腹が満たされ心まで豊かになった気がして、 だいぶ日が長くなった明るい街を走りぬいてきた。 (2004.3.23)

即墨黄酒

   即墨黄酒
 ちょうど一週間前、「即墨老酒」について書いたけれど、あの時、隣にならんで いたのは、「即墨黄酒」。
 それが気になって、冬休みに日本で買ってきた小学館の「日中・中日辞典」 の入っている電子辞書を引いてみた。すると、「黄酒」とは「醸造酒。もち米 ・米・粟などで醸造した黄色を呈する酒の総称」とある。ちなみに、「老酒」は、 「醸造した酒を何年か貯蔵することから老酒という」とのこと。
 なるほど〜。というのは、470mlの「即墨老酒」は4.5元、そして「即墨黄酒」 は、同じ容量で3元、寝かす期間のコストが1.5元なのだなぁ、としみじみ思った からだ。
 知識よりも実践、頭でっかちはダメと、気づいた今日、さっそく購入。味は、 確かに「老酒」より淡白で、同じ醸造酒ということもあってか、より日本酒に ちかい。といっても、甘ったるさは、「老酒」同様に拒否している。
 ところで、画像ファイルが、かなり右に傾いてしまった。これは、はやる気持 がそうさせたと思ってくださいませ。 (2004.3.5)

即墨老酒

   即墨老酒
 寒くないと、思い出すのは老酒(ラオチュウ)。日本酒と同じ醸造酒で、 ちょっと薬くさいと感ずる人もいるかもしれないけれど、日本酒と同じ くらいのアルコール度数で、日本酒の甘さを渋くしたようなそのテイストに 惚れたら、忘れられない。
 その老酒で有名なのは、紹興の地名を取った紹興酒。しかし、青島の すぐそば・即墨の即墨老酒も、中国では名の通った名酒の一つなのだ。
 で、太陽が燦々と輝いた花の金曜日、すぐ近くのスーパーで一本仕入れて 来て、賞味することにした。う〜ん、紹興酒よりは少しドロッとしていて、 つまりそれゆえ、深みのあるこく。李白が、「一杯一杯復一杯」と飲んだ のは、これだったのか?
 ちなみに、値段は、画像のもの(470ml)で4.5元、すなわち日本円にして、 約60円。写真は、寝具が背景になっているが、これは夕暮れ直前に購入して きたため、まだ夕日が差し込んでいる南側の寝室で撮ったことによる。 不要な誤解と憶測を避けるために一言付加しておきます。 (2004.2.27)

榛(zheng1/ハシバミ)
 故郷の物ですと、学生からナッツ類を頂戴した。二種類で、ひとつは 榛(ハシバミ)。これは食べたことがある。ヘーゼルナッツの名で、日本 でも市販されているもの。
 もう一つは、松の実。スイカの種大のもので、小さいけれど珍味。 松ぼっくりをばらして、炒めてある。日本で食用の習慣があるのだろう か。食べられると知っていたら、子供の頃、たくさん拾い集めたのを 捨てないで食べたのになと、惜しまれる気持がむくむくと湧いてきて しまった。
 ところで、生の落花生も頂戴したものが大量にある。これは、下に 書いた殻付きので、生のため、食べたあとちょっと後味が悪い。炒めたら どうかな、とフライパンでやってはみたが、うまい具合にならなかった。 電子レンジにかけてもみたが、どうもうまくいかない。どなたか、うまい 方法を知っていたら、教えてください。 (2004.2.21)

火鍋
 寒さが身体に突き刺さるようになると、人気なのは「火鍋」。こちら では、各自がステンレス製の直径15cmほどの鍋を、固形燃料で熱すると いうスタイル。
 今日は、中国人の先生達と一緒に忘年会。バイキングスタイルで自由に 野菜・肉・魚介類を取ってきて、自分で煮て自分でつつくというもの。 最初は、大きな鍋で食べるほうがいいかな、と思ったけど、あの日本式は 鍋代官などができて、色々指図されたりする面倒がある。それに比べて、 この方式、まったくの随意である点がなんともいえない。
 料金は、食材・ビール・果物など食べ放題・飲み放題で、28元(約400円) とのこと。しかも、時間制限がないのがいい。昼食会であったが、この まま、夕方までいよう、などと言いながら、結局三時間ほど居座った。 (2003.12.20)

花生
 ここのところお世話になっているのが、「花生」。落花生のことだ。 市場の値段は、一斤(五百グラム)3.5元、日本円にすれば約50円ほど。 むかし懐かしい殻付きのもので、殻を破りながら食べるので、あたりは 汚れるし面倒なのだが、反面、食べ過ぎてしまうことはないという良さ もある。
 考えてみると、この落花生が南京豆となり、南京豆がピーナッツと いう形で登場してきた所に、日本のほんの数十年間の歴史が凝縮している ように思われる。
 殻を押し破って食べるのは面倒、そこで南京豆が登場、しかし、 それよりももっと……ということで、ピーナッツとなっていったのだろう。 その過程で追求されたのは、食べ物としてだけの機能。もはや、食べ物 以外の何物でもないピーナッツは、それがどのように生育しているのか 考えようとなどする想像力を不遜なものとして奪ってしまった。
 それだけではない。南京豆に到達するためには、殻をうまく割る必要 がある。そうしなければ、豆は飛び散ってしまい、口を楽しませる という状況に至ることは不可能なのだ。能力なくして実利なし。
 その能力をつぶさに分析してみれば、殻の状況を即座に的確に把握する ことがまず必要であり、次にどの位置にいかなる力を加えればよいか 判断することも求められる。そしてイザ実行に及ぶわけだが、その際、 だめだと感じたら一瞬のうちに先にもどってやり直しする必要が求めら れるのだ。つまりは、状況把握能力・力学的判断能力・瞬間的行動修正 能力という三つの能力が必要であり、その故に、人は落花生によって、 生活能力を必然的に鍛錬されてきたのである。いわば、「手の器用さ」 たるものを身につけてきたのだ。なお、補則すれば、失敗に終わった場合、 すなおにあきらめるという、人生を生きるに於いて必須の諦観をも自然に 身につけてきたといえよう。
 いまや、その落花生は、日本人の生活からなくなった。となれば、 そのことが何を意味しているかは、おのずから明らかだろう。
 補足的に、異なる面から考えてみることにしよう。言葉としての側面だ。 「落花生」には、ロマンがある。字義通り落ちて生きる花のイメージが かもし出すものだ。「南京豆」にだって、良かれ悪しかれ日本の近現代 での中国大陸体験が刻み込められているではないか。しかし、「ピーナッツ」 から連想するものは、記述すれば間違いそうな英単語でしかない。あった としても、ザ・ピーナツか、ロッキード事件だろうが、それは世代を 越えて共有するものとなっていない
 なにげない食べ物であるがゆえに、人生を考えさせるものだ、と落花生 を食べながら思った。(ピーナッツなら、何も考えまい) (2003.11.25、11.29改、12.5補)

紫菜
 前から気になっていたのに買わずにいたものの一つが、この「紫菜」。 二十センチくらいの丸さで、厚さ五センチぐらいの黒っぽいものがスーパ ーではよく目に付いていたのだ。これまでは、スーパーごときに長居は 無用とさりげなく通過していたのだが、今回は刺激なき青春のなせる業か、 買ってきてみた。平たいものが何枚も重なっている。
 これは、海苔だ!
 海苔、といっても、日本のそれと比べるとずっとガサツな作りで、手に かざして向こうを見ると、簾のようにあちらが見える。どう考えても、 それを火であぶし醤油をつけて温かなご飯を包んで食べるようなものでは ない。
 学生に聞くと、スープに入れて食べるとのこと。なるほど、と早速試して みた。海の香りが口いっぱいに広がって、「おっ、これまた、一風変わった 海苔の賞味法」と思わずつぶやいた。きっと髪の毛にもいいだろう。
(2003.11.24)

朝鮮冷麺
 暑い日差しの中、自転車で一走ると、スキッとしたものを身体が欲している。 そこで、いつもの牛肉麺の店に出かければ、おもてに赤紙に黒字で「朝鮮冷麺三元」 と大書してあるではないか。
 うん、これは食べないわけにはいかない、と即座にオーダー。冷麺は、日本 でも数度しか食べた経験はないが、酢が効いていて、冷やし中華風。生ビール ともベストマッチ。
 スキッとした気持で店を出ると、涼しい風が身体を通り抜けていった。 (2003.6.2)

麻辣湯
 雨と風で吹き荒れた天気は今日になって一転、春の陽光が温かく注ぐ。 こういう時には、身体の内側からスッキリさせたくなる。
 で、行きつけの店で、「麻辣湯」。何度も食べてはいるのだが、今日の は格別に辛さに痺れ、眼から涙が流れるほど。目を閉じてウッーとうなり声をあげ、 向こうを見ると小姐二人がじっとこちらを注目。
 かわいい娘さんの目を意識して、今日はスープにも手をつけ、スッキリ して帰ってきた。 (2003.5.8)

肉包
 日本の「肉マン」に一番近いのが、この「肉包」。むろん、「マントウ(饅頭と書く)」 があるけど、これはやはり「マントウ」であって、「肉マン」ではない。
 で、この「肉包」が大好きで、時々、教師用レストランで昼に出たりすると もう気が狂ったように食べていたけど、最近まったく出ない。尋ねると「朝ならあるよ」 とのこと。
 ならば……とばかり、この一週間、「肉包」狙いで朝食レストランに馳せ参じている 次第。大きさは「肉マン」とおなじ。しかし、「肉マン」ほどふくらませていない。 味もぐっと本格的。それで一個5角(約7円)。二個食べるともうお腹は一杯。
 もしかして、中国に来ているのは、これを食べるためだったのかなぁ〜と すら思えてくる。 (2003.5.2)

お茶
 食事に合うのはお酒だけではありません。ずいぶん前に人から、 花茶・内モンゴル伊利の奶茶・緑銀螺茶の三種類を頂戴し、おいしく 飲みました。
 花茶は内モンゴル・牙克石の人が自分で山 に登って採った花を乾燥させたものです。どんな花でも茶になるわけではなく、 そこは適不適があるそうです。砂糖などが入っているまがい物と違って素朴な味 がします。前に紹介した
スーパーマグカップに入れる と花が綺麗にひろがって、舌のみならず目まで楽しくなります。
 奶茶は名前だけは知っていたけど、 飲むのは初めてです。ココアに似ている粉末で、味はちょっとしょっぱい。 いつも風邪気味のときに飲みましたが、身体が温まります。
 緑銀螺茶は、茶の葉が小さい粒のように 丸まっていて、お湯を入れると大きく広がります。とっても増えるので、最初は たくさん入れすぎて失敗しました。味は、緑茶によく似ています。
 自分の好みだと、どうしても自分の知っている烏龍茶とか龍井茶レベルで終 わってしまい世界が広がらないとしみじみ実感。となると、ことはお茶だけでは ないようです。 (2002.12.30)

焼そば
 遼寧省出身の同僚に、「学食は味がまずくてダメ。ここが同じ東北出身 の人がやってて好みに合う」とさそわれ、近くのお店で焼そばを食べるように なってから、ちょっとやみつきになってます。ソース焼そばで味は日本のそれ とかなり似ていて、そして安い。黒龍江省鶴崗出身の夫婦が経営している 小さなお店です。一人で行ってもとっても歓迎してくれるのは、このあいだ日本軍の ことについてずっと話したからかもしれません。 (2002.12.22)

豆腐
 もちろん水餃子は好きで欠かさない食 なのですけど、結構油っぽいのが玉に瑕。冷凍水餃子を煮るだけで、鍋に油が 残ります。で、こちらの豆腐がすぐに気に入りました。80p×1mほどの大きさ で出来上がったのを、好きな大きさに切って量り売りしてくれます。出来立て だと、そのままでも温かくてお腹も心もホッカホカ!で、こちらのは、日本の よりずっと固めです。1mほど落としてしまったことがあるけど、ほんの端が 欠けただけでした。麻婆豆腐がしっかりと作れるためには、こちらの固めの方が いいですね。(2002.10.18)

 その豆腐なんですけど、量り売りの値段が分かりました。1s2元(約30日本円) です。「本(BOOKS)」に書きましたけど、 1s11元の本よりも安いですね。ぼくは東京でも豆腐が常備生活食品でした。 別に葉隠ではなく、鎌倉武士に習ったわけでもないんですけど……。好きなのは 好きなんで。で今日は、思いきってでっかく、1.392s大盤振る舞いしました。 (2002.10.29)

味噌汁
 9月の初めまで、一番食べたくてたまらなかったのは、カレーライスで した。でも、それはいつのまにか心からリセット、でも、残ったのは味噌汁 願望。あれだけ立派な豆腐が入手できるのですから、作らない手は無い。葱は 売ってますけど、問題だったのは味噌。青島にはジャスコがあるのでそこ へ行けば日本のズバリの味噌が買えますけど、それは高くて芸がない。で、 韓国製の SINGSONGSIK SOY BEAN PASTE というのを購入。そのままでは浮いた 味になってしまうのだけど、海草で出汁をとるとかなりの味が出ます。 (2002.10.18)

キムチ
 この間の日曜日、デパートへ行ってみると、「韓国風」という「白菜泡菜」 を見かけました。外観はどう見てもキムチなので購入してみると、全くの キムチです。1sで9元(約135円)。ご飯の正しいお友達となっています。 (2002.10.18)



マイ・ルーム

 小珠山(724.9m)を背景として建つ楼の4階西端がマイルーム。
楼は6階建てなので、上から3つ目の窓二つが僕の部屋に当たります。

    
                   部屋の中。左はリビング、右は寝室。掃除に困るほど広い。(2002.9.5)


部屋から見た外景。左は、部屋から見た西側の風景。右は北側の風景。(2002.8.31)



学院

                     
9月の新学期を迎えて賑わっている。学内に寮があるため、布団干しで満艦飾。(2002.8.31)   朝は早い。早朝6時前に体操。(2002.9.5)

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