僕のいる所は、青島市といっても古い町並みのある青島から2・3浬の
対岸にある黄島というところです。(前の青島の地図でお分かりいただけ
ましたか?) ここは1984年から経済技術開発区となり、現在海外52の国々が投資を
しているとのことです。すぐ近くにミツミ(日本の昔のバリコンメーカー、今はデバイス
メーカー)の工場があったりします。
これまでは夏の靄のため、周辺の風景がなかなかスッキリ見渡せなかった
けど、秋晴れの今日9月17日、澄んだ空気の中にほぼ周辺
の風景を眼に収めることができましたので、紹介します。

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| 登った丘(南側からの風景) |
登ったのは、小珠山を背景に掲載した『マイ・ルーム』の画像で、小珠山
の下に写っている丘です。それでも高さ150mはあるでしょう。僕の

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| 登ったのは下の丘です |
部屋からの距離は、直線で1kmありません。岩山で、石を切っています。
頂上で写真を撮っていると、二人の中国人に話しかけられました。ぼくが
4.5元のタバコ『紅梅』をすすめると、1.5元の『大前門』をお返しに勧めて
くれて、話に花が咲きました。
山西省から「打工」(この場合、出稼ぎくらいの意味でしょうか?)で
岩切りの仕事をしているが、今日は休みなので景色を観に来たとのこと。
ぼくのように遊びで焼けた黒さではなくて、仕事で鍛えた黒く焼けた顔を
していました。「日本は大きな国なのか」「日本人は君のような服装をして
いるのか(僕はTシャツに短パンだったのですが)」「日本語は漢語と違うの
か」……と素朴な質問、ぼくも「小珠山はどういくのか」「いつ山西に帰るの
か」と、素朴な応酬でしたけど、心に残りました。
『マイ・ルーム』の画像にあるように、気になっている小珠山のアプローチ
を教えてくれたからという訳ではなく、共に異郷の地にあるからでしょうか、
「山西は、ここのように豊かではなくずっと貧しい」とつぶやいた声が耳に
残っています。
丘からの景観

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| 北方面 |

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| 東方面 |

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| 東南方面 |
丘からの景観としましたが、私の所から西に1km以内にある丘
ですので、基本的にはマイ・ルームからの景観とそれほど変わらないと思って
ください。もちろん、東方面の画像はちょっと信頼できません。学院も
マイ・ルームもしっかり写ってしまっています。ページを重くしないため、
元画像1600×1200bitのものを320×240に落としているので分かり難いかも
しれませんね。学院から1kmほど向こうに海があり、その対岸には青島中心
都市が見えています。
東南方面には、小高い丘の上に広播電視発射塔が見えます。こちら開発区
のシンボル的存在です。その右側にはかすかに海が見えています。これは、
下に紹介している金沙ビーチ方面です。

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| 東南〜南方面 |

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| 南方面 |

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| 西方面 |
東南〜南方面、南方面のいずれにもその向こうに海が見えることに
お気づきでしょうか?ズームを使えば簡単なんですけど、できるだけ広い
景観を紹介したく、使えずにいます。東側から南側まで、直線距離で1〜5km
で海に面しているところなのです。
西側には、小珠山(724.9m)が屹立しています。でも、眼で見るほど、
写真で見るほどに困難な山ではないようです。澄み切った空気の秋の一日さえ
あれば登れるような気がします。
(2002.9.17)
■11月9日・16日とその小珠山に登りました。しかし、
それほど楽な山ではありませんでした。詳しくは、
山の風景をごらんください。
(2002.11.23)
■4月4日、
先日、「青島電視台」の開発区チャンネルで、開発区発足以来、この地域
を撮影・記録している写真屋さんが登場していた。
話しによると、1985年から建設が開始したとのこと。今ではビルが立ち
並ぶメインストリートの香江路も、それ以前は、ほこりの舞う農村の一本道。
当時撮影した写真を手に、「発展」の嬉しさを身体全体で表わしていた。
(2004.4.4)
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