| 済南をたずねて |
|
済南は山東省の省都。ここに行けば 山東快書(語り物)を聞けるのではない か、というボンヤリした気持で出かけ のだった……が。 |
|
| あの奥まで突き進んでみたくなる |
|
| なんと猫ちゃんが |
山東快書で『武松打虎』の一節でも聞けないかな、聞いてもどうせ分か りっこないだろうけど、ムードだけでも味わえるといいなぁ、済南ならあるか もしれない……ということで来たものの、時代は21世紀、ホテルの人に聞いても 分からないようだ。
ともかく足の向くまま気の向くまま歩き回る。するとちょっと古い街並み
にさしかかり、のんびりと歩く。高層の公寓・花園・大厦と違って、土に密着
した街というのは、やはり気が落ち着く。とある路地に、子猫が遊んでいる。
家に入ろうとしているのか、食物を探しているのか、機敏に動きまわる。中国
で猫ちゃんに出会ったのは初めて。
|
| 大きさにびっくり! |
|
| 行儀の悪さにびっくり! |
入手した済南交通旅遊図によるといくつかの観光地がある。そのうちの 一つだけ行ってみようということで、千佛山にでかけた。山なら見晴らしがいい だろうという軽い気持だ。千佛山ということだから、沢山の仏様にであってみる のもいいだろう。入場券を購入し入ると、家族で雑技をやっているのが眼に入る。 お父さんは皿回し、お母さんは身体の柔らかさを駆使して輪抜け、息子さんは バスケットボールを回したりお客が投げるボールを細い棒で取ったり一番の 見せ場を作っていた。芸が一通り終ると、大道芸の常套だろうか、帽子を持って カンパを募る。
|
| 千佛山頂上、人が一杯 |
暑すぎも寒すぎもしないうららかな秋の行楽日、子供もおじいさん・おばあさん もゆったりと楽しんでいる。芸の根本は大道芸だなぁ、とつぶやきつつカンパ。 雰囲気に呑み込まれ、ゆったりとした気分で山に登る。確かにたくさんの仏像がある。 釈迦の弟子達の石像がずっと立ち並んでいる。しかし、最近作った新しいものだ。 もっと古いのはないのだろうか?と思いつつ坂を登っていくと、むこうにやたら大きな 仏像がある。地図にある大佛というのはこれなのだな、と感じつつもその大きさに 惹かれて足がそちらへ向かう。
|
| 千佛山頂上からの済南景観 |
やたら大きい!奈良の大仏とトントンだろうか?しかし、その行儀の悪い 姿勢には驚いた。神聖さ、荘厳さといった類を全て消去して、楽しさを貫徹すると こうなるのだろうか、という姿だ。しかし、済南市街に向かって気持よさそうに 嬉しそうに堂々と坐臥する姿は、少しも禁欲的でない。「ハッハッハッ、気持いいぞ! 諸君も楽しみたまえ!」と語りそうな、快楽的な姿。
ありがたい仏様ではなくて、友達のような仏というのも、もしかして
釈迦自体が求めていた一つのあり方かも知れないなぁ、と思いつつ、それほど
高くない千佛山をめざす。誰もが同じ気持なのか、頂上は人でいっぱい。
観光地・行楽地として千佛山は楽しめるものだ。古さや伝統を感じさせない
新しい仏様は、身近で畏怖させる存在ではないというのが、ともかく面白かった。
頂上ではあいにく霞がかかっていたため、済南の街はスッキリ見えなかったけれど、
あの快楽的大佛はしっかりと目に付き、広い街の全景はこの画像の4・5倍も
あるものの、やはり大佛を中心にカメラを向けることになった。
|
|
|
|
千佛山に行く途中、バスから本のページを模った石碑が目に付き気に
なっていたので寄ってみた。済南の中心地、泉城公園の向かい側、
趵突泉(ほうとっせん)に面して石碑はある。
「済南惨案遺址(済南虐殺事件遺跡)」
だった。1995年10月建立とある。済南事件の碑だ。重苦しさは、暑い日ざしと
たくさんの行楽客に消された。碑文(左の画像)を起こして、拙訳を添えてみた。
句読を打っていない碑文でもあり、誤りが多いかもしれない。
|
「濟南惨案紀略」 一九二八年四月日本帝國主義為将山東控制在其 勢力範圍借口保護僑民出兵濟南五月三日突然襲 撃毫無戒備之中國軍隊恣意屠殺商埠居民是夜強 行闖入交渉署残酷殺害中國外交官蔡公時等十七 人八日重炮攻城火焚順城街城垣内外烈焔四起厰 店民居遂成廃墟十一日全城火焔日軍縦兵屠掠奸 淫血雨腥風籠罩湖山我軍民亡者凡六千餘財産損 失無以数計史稱五三惨案時値世界反法西斯戰爭 曁中國抗日戰爭勝利五十週年特於順城街遺址立 碑紀念以激勵全市人民發揚愛國主義精神投身建 設社會主義現代化強國的偉大事業 |
|
「済南惨案紀略」 一九二八年四月、日本帝国主義は山東を自勢力範囲に抑える ため、居留民保護の名目の下、済南に出兵した。五月三日、突 然何ら警戒なき中国軍隊を襲い、都市住民の殺戮をほしいまま にした。此の夜、交渉署に強行闖入し、中国外交官・蔡公時ら 十七人を残酷にも殺害した。八日、再び市街を砲撃、火は順城 街城壁内外を焼き、至る所で激しい火焔が巻き起こり、工場・ 商店・住居は遂に廃墟と化した。十一日、全市街は火焔に包ま れ、日本軍は殺戮と強姦の限りをつくし、血生臭い嵐は湖山を 蔽った。我が軍民で死んだ者およそ六千余、財産の損失は数え 切れず、史上、五三惨案(虐殺事件)と称される。時は世界反フ ァシズム戦争及び中国抗日戦争勝利五十周年に当たり、特に順 城街遺跡に碑を建立し記念し、全市の人民が愛国主義精神を発 揮し社会主義現代化の強国を建設すべく献身しているのを激励 するものである。 |
共青団路での事
済南惨案遺址の向かいには、三聯済南家電商場という大きなデパートがある。 家電ということで、ちょっとのぞいてみると、ものすごい人混み。ラッシュアワー の電車の中といった中を人を押しのけて歩くと、手机(携帯電話)に沢山の人々が 集まっている。ここが人混みの根源地。1,000元もする手机に人が群がるのは、 それだけの所得もあるからだろう。
共青団路(共産主義青年団の建物がある通りなのでこの名前がついているようだ)
に沿って、ホテルに向かう。すると、歩道の敷石に若い女性が手をつき頭を下げて
座っている。前には整った字で書かれた紙が置かれている。
「私の家は5人家族です。昨年、母が病気で無くなり、父は悲しみの余り精神病に
なってしまいました。治療のためには一万元ものお金が必要なのですが、私たち子供
にそんな大金の工面はできません。そこで、皆様の好意にすがりたいと思います」
とある。物乞いの姿はしばしば見かける。それは、日本でもある姿だ。しかし、
若い女性が歩道に手をついてカンパを求める姿は初めてのこと。息を呑んで幾らかを
カンパした。それにしても、済南のメインロード、しかも共青団路でのことに皮肉
を感じた。手机を購入できるかなり沢山の人々と、そういった流れから外れた人々
との間の断層をどう埋めるのだろう?
(2002.9.30/10.1訪問、10.23記)