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折節の移りかわり/麗江(2007/08/25〜2008/01/11)
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■2008年1月11日、
拉市海(ラシ海)へ。

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| 12:40に300mmで |

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| 同左 |
昨年5月に聞いた「12月・1月が鶴の季節だよ」という若者
の声が耳に残っていたのだ。ところが、「観鶴山荘」という所でも、
鳥の姿は何も見えない。そこから北側に湖を迂回したところ、やっと
鶴らしき姿を見かけた。
……といっても、湖畔を舞う数十羽の鶴は、すぐに側の畑で羽を
休めてしまい、舞っているのはほんの数羽。細い首を伸ばして、
華麗に群れをなして飛ぶ鶴の残像は、またたくまに消えてしまった。
じっと飛び立つのを待つ忍耐心と、群れに接近する大胆さ、それらを
プロの写真家たちは持っているに違いない。空腹のほうが気になる
僕はといえば、プロに敬意を表しつつ、あの鳥が鶴かどうかも確認せず、
早々に失敬してしまった。

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| 13:10に31mmで |

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| 同時刻、300mmで |
とはいえ、課題を一つ終えた。一昨年の10月7日、はじめての
ラシ海で気にかかった湖北側の山をしっかり撮影。イ族の村とのこと。
しかし、あの高さ、おそらく2700〜3000mに位置するところで、水をどう
しているのだろう。子供たちの学校はあるのだろうか。

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| 14:45、40mmで |

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| 14:30、300mmで |
帰路、ラシ海では見えにくかった玉龍雪山に再会。撮影位置は
麗江西南方面画像地図中央に「拉市海(ラシ海のこと)」とある峠を越えた所。
この位置からの雪山は、10日ほど前の文海からの角度とほぼ同じ。
峠からは、市の中心街がよく見える。
(2008.01.11)
■2008年1月9日、
快晴。A地点へ。

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| 18mm |

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| 300mm |

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| 70mm |
学期末のゴタゴタも一段落。10時10分から30分ほどのんびり。
春のような陽光。しかも、A地点特有の風もない。霞んではいるが、
3日からずっと快晴。空の蜂・ハングライダーは、
5分強で260元(約4000円)とのこと。

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| 28mm |

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| 梅(55mm) |

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| 梅(38mm) |
そのまま、玉水寨から玉峰寺へ抜けると、白梅の花が満開。花画像は、11月17日以来、
ひさしぶりだ。
2つの梅画像の右の植物は、身長ほどの高さ、花の径1cm。茎に
鋭いトゲがあるところから見ると、バラ科にちがいない。いずれに
しても、春はもうそこ、花の季節は間近だ。(花画像は11:30撮影)

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| 13:50 (24mm) |
その後、白沙で昼食をとり、束河へ行き、9月はじめに友人と宿泊した「束河陽光」の女将に挨拶。
旧暦で正月を祝うこちらでは、今が閑散期。人も少なく、しかし
太陽がいっぱいの今。麗江訪問は、暮れから正月にかけてが狙い目
なのかもしれない。
(2008.01.09)
■2008年1月3日、
小春日和の快晴。

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| 88mm |

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| 133mm |

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| 300mm |

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| 午後、70mm |
雪が「枯れている」といっても、この時間のベランダからの
玉龍雪山はたくましい。08:20。何があってもビクともしないその姿。
午後1時半、採点のあいまに、たわむれている雲を見かける(画像右)。
空をキャンバスにして、雪山だろうと気にかけない大胆さ。
(画像は、どれもベランダから撮影)
(2008.01.03)
■2008年1月2日、
快晴。C・B・A地点へ。どうも玉龍雪山が、おかしい。

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| C 18mm |

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| C 55mm |

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| C 133mm |

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| C 300mm |

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| (10月25日) |

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| B 18mm |

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| B 55mm |

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| B 133mm |

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| B 300mm |

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| (10月25日) |

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| A 18mm |

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| A 55mm |

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| A 133mm |

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| A 300mm |

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| (10月25日) |
地点名A・B・Cとレンズの焦点距離を記載したが、C地点は10:00頃、
B地点は10:20頃、A地点は10:50頃に撮影。それぞれの右に、昨年10月25日
の300mmによる画像を比較のために載せてみた。
たった2ヶ月余で雪が雪渓が消えている。しかも季節は冬だ。
この角度は、雪山にとって南面に当たるため最も気象環境の影響を
受けやすいところ。ノーベル賞を受賞したゴアの警告は確かだ。
(2008.01.02)
■2008年1月1日、
晴。
昨年の象山詣に代えて、今年は先生方とキャンパス裏山へ登る。
残念ながら、午前中は玉龍雪山は雲の中。
午後はといえば、皆でお屠蘇とお雑煮をいただき、酔いしれて、
温かなベランダで寝込んでしまった。
(2008.01.01)
■2007年12月31日、
晴。

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| 100mm |

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| 133mm |

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| 300mm |
08:23、ベランダからの玉龍雪山。この後、雲は雪山を隠したり
して茶目っ気たっぷり。それでも日没時には、もう、まとわりつくの
を止めていた。
風はあったが、暖かな大晦日。
(2007.12.31)
■2007年12月30日、
文海へ。

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| (18mm) |

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| (55mm) |

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| (70mm) |

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| (133mm) |

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| (300mm) |
まずは、山岳道路を登りつめた12:50、玉龍雪山の画像。
この角度からは、雪の部分が陰になり、かなり黒い雪山となっている。前回の5月1日と違って、この山岳道路の一番高いところで、時計は海抜3,160mを、
分水嶺では3,200mを示した。

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| (18mm) |
13:40、文海を見下ろす地点へ。前回よりずっと水量がおおい。
湖全体が前回とは別物のように見える。だが、草地・湿地は枯れて
しまい、緑は見えない。そのままこの画像左、つまり文海の南地点
へ下る。ここでも、海抜3,065m。

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| (18mm) |

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| (31mm) |

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| (55mm) |

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| (70mm) |

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| (170mm) |

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| (300mm) |
14:10〜14:15の画像。風が強く、湖面に浮かぶ雪山は撮れない。
しかも、湖面が広く湿地部分が多いため、5月のように真南へは
行くことができない。

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| (18mm) |
村へ出て、チャーハンで腹ごしらえして、今日は同じ道を引き返す
ことにした。16:00、山岳道路から南方を見下ろした画像が右。この
後、未舗装道路を一気に白沙へと下る予定だったが、三分の二ほどの
ところでパンク。MTBを引いてアパートに辿りついた時には、もう
日はとっぷりと暮れていた。
とはいえ、自分の足で歩き、MTBで走るのは、最高だ。車では
味わえない醍醐味がある。
(2007.12.30)
■2007年12月29日、
石頭郷へ。

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| 途中で見た玉龍雪山 |

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| 石頭郷(18mm) |

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| 東側の山(18mm) |
ここは、石鼓から南西にある景勝地・老君山(4247m)よりに20kmほど下った
ところ。
海抜約2,000m、東西を山にはさまれ、3,000m級の高山をのぞけば、
なだらかな山が緑におおわれ、日本の片田舎を思わせる。
東側のおもしろい形の山は、「猿山」とも「駱駝山」とも呼ばれて
いるとのこと。
なお、石鼓の手前でいつもと異なる角度からの玉龍雪山を見ることが
できたが、昨日の曇天が糸を引いて雲にかくされてしまっていた。
(画像は、雪山が09:50に70mmで、石頭郷はどちらも14:00に撮影)
(2007.12.29)
■2007年12月26日、
快晴。

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| 70mm |

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| 133mm |

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| 300mm |
14時ちょうど、ベランダからの玉龍雪山。やはり、いくらか
霞・靄がかっている。
ドタバタしていて、雪山を丹念に見つめることができないでいた。
これからは、雪山に心を注ぎたい。
(2007.12.26)
■2007年12月25日、
好天。

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| 11:05、18mmで |
ずっと好天は続いているのだが、霞、あるいは靄がかった空で、
玉龍雪山はぼんやりしていることが多い。そんな中、C地点へ。
やはり、くっきりした雪山は望めない。しかし、たなびく雲が、
雪山賛歌を奏でている。
だが、お腹がへった。四川ラーメンの店へ。なじみの老板(主人)
の勇姿をワンショット。てれる姿に、「うぶっ!つねっちゃうぞ」と
言いたくなる。四川から来て、若夫婦でやっているこの店は、週に
二回は立ち寄る。
麺に関しては、総じてすぐ作ってくれるこういう店のものは、
日本のラーメン屋はかなわない。腰がある。歯ごたえがある。しかも、
食べ終わって物足りなそうにしていると見るや、「もっと食べろ」と
ばかり、麺を投げ込んでくれたりもする。
こちら、中国の人は知り合いになると、とても優しい。温かい。

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| 12:50、18mmで |
お腹をふくらまして、北上すると、雪山の雲が取れはじめている。
そこで、またC地点へ。風もなく、太陽の日差しは春のよう。野原
に横になって、のんびり30分ほど居眠りしてしまった。
(2007.12.25)
■2007年12月23日、
松茸ごはんに挑戦。
香りが部屋中にたちこめる。ほかほかの松茸ご飯。まさに至福の時
である。
しかし、味は今一つ。う〜ん。電気炊飯器に、ご飯に松茸と醤油を
適当に投げ込んだだけではダメのようだ。なにかが、その上に必要な
のだ。
(2007.12.23)
■2007年12月20日、
快晴。雲一つ見かけないまま一日が終わる。

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| 12:40、18mmで |
こうなると、主人公は玉龍雪山ではなく、空だ。青く澄みわたり、
目にしみる。(画像はB地点で撮影)
その空のむこうに、消えていきたい。が、せっせと準備。
4年生の教科書に、中江兆民の『一年有半・続一年有半』からの
引用があるからだ。その部分は次のようなもの。
「我日本古より今に至る迄哲学無し。……我邦人之を海外諸国
に視るに、極めて事理に明に、善く時の必要に従い推移して、絶て
頑固の態無し。是我歴史に西洋諸国の如く、悲惨にして愚冥なる
宗教の争い無き所以なり。……而してその浮騒軽薄の大病根も亦
此に在り。独創の哲学無く、政治に於いて主義無く、党争に於いて
継続無き、其因実に此れに在り。此れ一種小怜悧、小巧智にして、
而して偉業を建立するに不適当なる所以なり」
それから百年余、まったくもって日本は変わらぬ。
(2007.12.20)
■2007年12月19日、
快晴。

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| 13:35、300mmで |
それも雲量0%の一日。しかも弱風で、日向は春のよう。部屋では
ハエが元気づいている。画像は昨日と同じベランダからのもの。時間
だけが異なり、陰影の違いが見てとれる。
連日の快晴で気になるのは、玉龍雪山の氷河と積雪が減っている
のではないか、ということだ。昨年の同時期画像をふりかえってみる
が、カメラが違うため、なんともいえない。
だが、心の中にある雪山は、もっともっと白かった気がする。
(2007.12.19)
■2007年12月18日、
快晴。

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| 10:55、ベランダから |

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| 14:00、A地点から |

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| 同左、(133mm) |
雲量3・4%で始まり、0%で日が暮れた。今日もよく見える
玉龍雪山の主峰・扇子陡(せんすとう)部分を、同じ300mmで、
ベランダとA地点とで比較してみた。(画像の左二つ)
約10km北のA地点から見る主峰部分は、角度の違い、そして、より鮮明で
あるという点以外に、恐さすら感じさせる。補足的に、133mm画像も
掲載(画像一番右)してみた。
雪山は、けっして愛されるべき対象ではなく、人に畏怖と敬虔な
気持を抱かせる存在だ。
なお、今日、サイクルメーターは7,000kmを越えた。
(2007.12.18)
■2007年12月17日、
曇りから晴れへ。

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| 8:20、(70mm) |

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| 16:20、(18mm) |

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| 17:30、(18mm) |
芸術家でも失敗する――そう思いながら朝の玉龍雪山を拝む。
そういえば、朝方の冷え込みがそれほどではなかったのは、雲が
おおいつくしていたからなのだろう。
しかし、雲はやはり天才である。午後になると雪山と戯れはじめ、
空を彩った。
(画像は左から、ベランダ、C地点、清渓ダムで撮影)
(2007.12.17)
■2007年12月16日、
快晴。

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| 8:20 |

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| 8:45 |
雲は芸術家である。空と山をつなぎ、かくも華麗に染め上げる。
朝の一時、ベランダでその美しさに息をのむ。
その後、雲量5%ほどで一日が推移。風もなく小春日和の好天
だった。
(画像はどちらも70mmにて撮影)
(2007.12.16)
■2007年12月15日、
晴れ。

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| 18mm |

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| 23mm |

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| 45mm |
C地点へ。
この数日ずっと11日のような雲量完全0%の快晴だったが、今日は
雲が玉龍雪山にかかる。
こう見ると、完全な快晴とちがって、雪山と空をプロデュース
する雲の存在も大きい。
(画像はどれも12:50に撮影)
(2007.12.15)
■2007年12月14日、
サンマを食べる。
外文系の夕食会。古城のそばの「東京湾」という日韓料理店で
のことである。中国ではめったにお目にかかれない生野菜サラダ
からはじまって、主菜の秋刀魚。しかも、きちんと焼かれたもの。
茶碗蒸し、トンカツ、巻き寿司、そして味噌汁とごはんまで。むろん中国人
でも日本語の先生(日本に留学された方もいる)は、それぞれが
どういうものか知っているのだが、英語の先生は知らないので、
あちこち回って説明。
一番人気は茶碗蒸し。逆にほとんど口にされなかったのは、
味噌汁。こんなものを日本人は食べているのかとばかり、主任を
はじめ多くが残したまま。
といって、味が悪いわけではない。どれも日本料理としては、
かなりの味。店の奥さんと話すと、なんでも旦那さんが日本へ料理を
勉強しに行ったということ。
料理――となると、僕はなじみの「砕肉拌麺」の店と「四川牛肉麺」
のお店以外には、11月から野菜中心の鍋ばかり作って食べている。
でも、おいしいのは、やはり中華料理だ。しかもその中華は、日本の
それとは違って新疆の「大盤鶏(下に麺、上に鶏の肉がのった大皿料理)」
などもあるように、極めて多様性に富んでいる。
その国にあって、また世界に対して、日本料理が主張できるのは、
淡白にして健康にいいという一点だろう。石橋湛山がかつて主張した
「小日本主義」こそ、日本という国の持ち味ではないか。主流ではない。
しかし主流の偏向・誤り・害を正せるもの。料理にしてしかり。ましてや、
政治にしてもしかり、むろん思想にしてもしかり。
ミャオ族の日本語の先生、その横に座って漢族の英語の先生
たちと話しながら、そんなことを思った。
(2007.12.14)
■2007年12月11日、
快晴。

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| 14:50 |

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| 16:00 |
朝から晩まで完全に雲量0%。ただ、風が強い。
今回は、300mmレンズでベランダからの画像を掲載してみた。
時間の推移とともに雪山の陰影が深くなる。いつ見ても、異なる
雪山だ。
(2007.12.11)
■2007年12月10日、
快晴。

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| 18mmで |

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| 35mmで |

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| 55mmで |
朝、南側に高い雲があったが、その後雲量0%で一日が終わる。
午後1時10分、A地点へ。風がないため、ほんのり霞がかっている。もしや、あの径7mmの薄紫の花
がいるのでは……と探してみるが、どこにも見つからない。植物の
時季は終わってしまったのか。

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| 33mmで |

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| 18mmで |
しかし、あの雪山がある。風がない――という好条件なら、清渓ダムだ。数日前は、さざ波
が立ち、しかも70-300mmレンズを付けていたため、失敗。今日は、
期待できる!
午後2時50分、水に映る玉龍雪山。それでもいくらか弱い風がある。
最高の条件で雪山を捉えることはむずかしい。
(2007.12.10)
■2007年12月9日、
快晴。

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| 23mmで |

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| 18mmで |
雲量0%だったが、午後になって高いところに薄雲が登場、空を
彩りはじめる。午後6時15分の空がこの2つの画像。高く大きく、
そして広い空。標準レンズのワイド端・18mmよりもっと広角レンズ
がほしくなった。
画像左の右下の山は玉龍雪山、右画像はほぼ一昨日と同じ角度。
(どちらもベランダから撮影)
(2007.12.09)
■2007年12月8日、
晴れ。

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| 8:05 |

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| 10:25 |

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| 16:15 |

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| 18:30 |
数時間毎の玉龍雪山を掲載してみる。西からの風に流される雲が
雪山にかかる様子がわかっていただけると思う。いつもは南風が
ほとんどなのだが、今日は西よりの風がつよい。
最後の夕刻の雪山は、雲がかかっているおかげで、頂上付近が明るく
見える。雲がなければ、全体が暗いままになってしまう。ほんの数分
だけのチャンスだった。
(画像はいずれもベランダから70mmで撮影)
(2007.12.08)
■2007年12月7日、
快晴。
終日、玉龍雪山はそこに全貌を現し続けていた。しかも、一片の
雲すらかかることなく一日を終えた。
雪山があまりに堂々としているので、今日は夕刻の西日画像を掲載。
午後6時20分、約240°に沈もうとしている夕日である。(30mmで
ベランダから撮影)天気が良すぎるので、薄雲が、空にいたずらして
いるかのよう。
なお、画像の左下の山は、馬鞍山。
(2007.12.07)
■2007年12月6日、
快晴。この数日、好天だったが玉龍雪山は今ひとつ。

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| 70mm |

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| 140mm |

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| 300mm |

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| 清渓ダムで(70mm) |
だが、今日はほっておけない。12時半、C地点へ。風がない。そのかわり、
いくらか霞がかかっている。しかし、一片の雲もない。
そのまま、清渓ダムへ(13:00)。風がないと感じられたのに、残念ながら水に
映る雪山は見られなかった。

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| 松茸500g |
ところで、今日はクリスマス何日か前のニコラスのなんとかで、
外国人教師のパーティ。勇んで、松茸500gを炒めて持っていったけれど。
「マッシュルームなの?」などと言われてしまい、がっくり。
なお、画像の背景・小机は、やっとニスが乾き始め使用できるようになった。
速乾ニスでないのに使い始めたため跡がつき、その後を隠すために
厚塗りをくりかえし、しどろもどろの人生を経ての結果である。
(2007.12.06)
■2007年12月2日、
快晴の朝。朝日に輝く玉龍雪山を眺め、気持はのびやか。
9時台になって、すじ雲が空を彩る。キャンパス内を徘徊。
左は、南方向。下の山が象山。中央は東方向。左の山が裏山である。雪山はどうなったのか。
早朝は昨日のように黄金に輝いていたが、右画像のように雲が主人公
へと変わった。
巻雲は低気圧の前兆という。案の定、まもなく空全体を雲がおおいはじめ、
昼ごろには完全な曇天となった。
(画像は全て18mmで撮影)
(2007.12.02)
■2007年12月1日、
快晴。風がつよく寒い。

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| 70mm |

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| 140mm |

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| 300mm |
寒風の中、早朝7時55分、ベランダからの玉龍雪山。乾季といっても、
いつも見られるわけではない。黄金の時。
その後も一日快晴。だが、じょじょに雲が部分的にまとわりついて、
全貌を現したのは、結局、朝だけだった。
※ところで、11月20日にキャンパス裏山から撮影した画像によって、
画像地図を新版にした。旧版は、4月14日の同位置からのものだが、
新版のほうが天気がよく、鮮明に撮れている。
旧版は、北方面・西方面・南方面画像地図の3本立てだったが、西方面地図は、正確には西南方面であるという欠点があった。
よって、新版は北方面・純粋西方面・西南方面・南方面画像地図とした。
また、11月21日からの記事は、新版画像地図が見られるように修正した。
(その前の記事は、旧版のまま)
(2007.12.01)
■2007年11月29日、
ぼんやりした晴れがつづく。

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| 18mmで |

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| 35mmで |

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| 55mmで |
B地点へ。
ここから西へ2kmも行けば、白沙である。霞んでいても、玉龍雪山
がほぼ展望できるので、撮影。
風がなく暖か。だが、寒風でもいいから目にしみるような雪山を
見たい。
(画像は、14:45ころ撮影)
(2007.11.29)
■2007年11月27日、
午後になって、やっと太陽が顔を出す。
きのう、午後から天気は下り坂になり、雨に。そして、朝になって
みると、どうやら雹が降ったようだ。キャンパスのあちこちに白い
ものがある。寒い。
曇天、時おり日差しのさす中、白沙へ。古城や束河とちがって、
観光客が少ない白沙は、いつも変わらない。
ニャオ〜ンと声がして見上げると、子猫ちゃんが。なかなかこちら
を見てくれない。10分待って、やっと300mmで撮影。
(15:30)
(2007.11.27)
■2007年11月25日、
快晴。しかも昨日と違って風がない。

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| 70mmで |

|
| 140mmで |

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| 300mmで |
C地点へ。
玉龍雪山の中腹に雲がかかり、二つの山がそびえているように見える。
おもしろいので、焦点距離を変えて3画像を掲載。(どれも13:20)

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| 70mmで |

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| 300mmで |
そのままA地点へ。主峰・扇子陡に雲がかかり始めたので、横になって
雲がとれるのを待つ。あたたかい日差しに、まどろみながら見る
雪山は、厳粛さのなかにニッコリほほえんでいるように見える。
なるほど、そうか。南風が北にある雪山にぶつかり、そして雲になる。
その雲が、ゆったりと東側へと流れていく。その雲をにらめている
雪山がなんともほほえましい。(画像は14:30に撮影)

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| 思いっきりフライパン焼き |

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| 泥を落とし洗って切って |

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| 買ってきた松茸 |
そして、今日も松茸に挑戦。一昨日は、実は頂戴したもの。今日は
やはり500g7元(約100円)で購入してきたのを、フライパン焼きに
してみようというのだ。
ネットで調べてみると、松茸は水で洗ってはいけないらしい。香りが
奪われるからだという。しかし、ここの松茸は、泥や、5mmくらいの藁
(ワラ床に寝かして作ってのか?)がたくさん付いている。生まれも育ちも、
高級松茸とは違うのだろう。
よって、左のような松茸を、中央のようにきれいに薄切りするには、
けっこう手間ひまがかかる。だから、もう待ちきれなくて、一挙に
フライパン焼きに。
ビールによく合う。おいしい。これなら1kgでもいけそうだ。
問題だったのは、味付け。中国の醤油は、どうも大味で繊細なものには
不向き。青島・淮安では「キッコーマン」が入手できたが、ここでは
売っていない。
そこで、友人に買ってきてもらい、大切にとっておいた粉末醤油
・「かめびしソイレイト」の出番。(フライパンの左にある)
これが、今日の決定打となった。ありがたい。
(松茸画像は、いずれも午後5時台に撮影)
(2007.11.25)
■2007年11月23日、
松茸に再度挑戦。
今回は、薄切りにして、金網で焼くという方法をとってみた。
こうばしい香りが漂う。焼きあがったかな、とチャンスを逸せず
そのまま、ほおばる。うまい。歯ごたえを感じると同時に、松茸の味
が口に広がる。といっても、こうして食べたのは初めて。よって、
これが松茸の味覚だと断言する度胸はない。
なお、天気は晴れ。しかし、玉龍雪山は一日姿を現すことがなかった。
(画像は、17:40、台所で撮影)
(2007.11.23)
■2007年11月22日、
快晴、その後、雲が出てきた。

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| 70mmで(07:55) |

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| 70mmで(13:50) |
きっと玉龍雪山にお目にかかれる、という確信ははずれない。
安定した乾季になったようだ。
……と思っていたら、午後には雲が雪山にかかりはじめ、日没
まで、まとわりついていた。天気は分からないものだ。わかるのは、
そこに雪山があるということ。
なお、今日は"Thanksgiving Day"。同じアパートの同僚(アメリカ人)
のお宅で夕食をごちそうになる。『日本盛』が手に入ったので、
一升瓶を片手に突撃。ひさしぶりの日本酒に酔いしれた。
(画像は、いずれもベランダにて撮影)
(2007.11.22)
■2007年11月21日、
快晴。

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| 140mmで(07:50) |

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| 300mmで(13:50) |
完全に玉龍雪山の季節となった。今日も輝く雪山で朝を迎える。
午後、雪山を見ると、主峰・扇子陡付近に何やら白いものが
見える。雲か、いや、雪煙のようだ。
海抜5596m。猛烈な風が吹いているにちがいない。その風こそが、
いまだ人類未踏の地とさせているゆえんの一つなのだろう。そして、
そのままであるよう祈りたい気持になった。
(画像は、いずれもベランダにて撮影)
(2007.11.21)
■2007年11月20日、
快晴。
キャンパスの裏山へ。北から西、そして南方面を一挙に眺望。
残念なのは、いくらか霞がかっていたことだ。しかも南方はひどい。
時は11時、ちょっと遅かったのかもしれない。左は55mmで、下の画像は、
どれも標準のワイド端18mmで撮影した。
右画像から左画像へと、少しずつ角度を変えて、北→西→南と
いう形で掲載した。一番右は北方面。北方面画像地図とほぼ同じ角度である。
二番目は白沙村と高山道路を、三番目は束河を正面に見たもの。
四番目の、右に束河、中央にラシ海を見た画像は、西方面画像地図とほぼ同様の
角度となる。最後の一番左が、南方面画像地図と同じ角度だ。
広い風景を撮影するとなると、やはり焦点距離の短い広角レンズが
ほしくなった。
(2007.11.20)
■2007年11月19日、
快晴。
早朝の玉龍雪山を仰ぎ、いつものようにカメラに収める。しかし、
同じような画像を掲載するのもはばかられ、池に映る雪山画像にした。
8時40分、キャンパス内から、38mmで撮影したものである。以後、
夕刻までずっと雪山は姿を隠すことはなかった。

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| 松茸鍋 |

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| 鍋を待つ松茸 |
ところで、市場をのぞいてみると、生松茸があった。一斤7元
(500g約100日本円)。そこで、夕食は松茸鍋に決まり。泥を払い、
きれいに洗うと、松茸くんもニッコリ、僕もニッコリ。豪快に
いこうと、刻んだりせずそのまま鍋に。白菜などの野菜もふんだんに
あるのだが、もしや松茸の味をこわすことになっては、と純松茸鍋。
松茸の香りが部屋いっぱいに広がる。そして、いざ挑戦!
まごうかたなき松茸である。しかし、丸かじりする松茸は決して
まずくはないが材料そのものであって、松茸の松茸らしさが生かされ
きっていない。
材料を生かす術が必要なのだ。またまた課題が生じた。
(2007.11.19)
■2007年11月18日、
快晴。風がなく暑いほど。

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| 70mm |

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| 140mm |

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| 300mm |
早朝7時50分、ベランダからの玉龍雪山である。朝日をあびて
輝くこの時を見逃せない。荘厳という言葉は、この時のこの姿を
形容するためにあるとすら思える。
昨日、存分に走ったので、今日は日曜大工。購入した50×65cm大
の小机にニスを塗る。むらにならないように薄く塗ろうとするが、
刷毛の毛がついたり、飛んできた虫がついたりとアタフタドタバタ。
西向きのベランダで、燦々と照りつける太陽をあびて一作業する
心地よさ。ひさしぶりに嗅ぐニスのにおいに眩惑された。
(2007.11.18)
■2007年11月17日、
晴れ。鶴慶へ。

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| 西の村(18mmで撮影) |

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| 同左(55mmで撮影) |

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| 目抜き通り(向うは東) |

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| 同左(向うは西) |
鶴慶は、麗江市中心から「大麗公路(大理と麗江をむすぶ)」で
南に向かい、観音峡・麗江空港を経て50kmほど行ったところにある
小都市である。行政的には、麗江市の南にある大理ペー族自治州の
鶴慶県・鶴慶鎮ということになる。
こちらで入手した『雲南之謎』という本に、日本人のルーツがこの
鶴慶!という紹介がされていて、いちど訪ねてみようと思っていた。
そもそも、この3日間というもの、曇りと雨に閉じ込められ、外出も
ままならず、自転車も僕も、うんざりしていたのだ。
すごいところである。3,000m級の山に東西をはさまれ、しかも、
その山たるや、一点の緑すら見られない。
だが、目抜き通りは、この数年にできあがったのだろう、ペー族風
の街並みがまばゆい。白壁にきれいな粉飾がなされている。

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| (18mmで撮影) |

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| (55mmで撮影) |
棟上を終えて、酒も出るのだろうか、50人ほどの人々が会食して
いる姿を見かけた。昔、日本でよく見られた光景。しかし失われて
しまったものだ。(鶴慶の画像は、11:30〜12:30に撮影)

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| (55mmで撮影) |

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| (31mmで撮影) |

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| (18mmで撮影) |
右は、鶴慶に行く途中、10時20分頃の観音峡の画像。
3回目となる今回は、すばらしい日差しだったので、角度を変えず、
レンズの焦点距離だけ変えて撮影してみた。峡谷もおもしろいが、
上から見下ろす観音峡の村落は輝いている。

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| 8:20 |

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| 7:55 |

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| 7:45 |
また、時間は前後するが、今朝の玉龍雪山も掲載しないわけには
いかない。いずれも、ベランダから70mmで撮影したもの。雲と華麗な
協奏曲を奏でているかのようだった。
今日は108km走った。100km以上はひさしぶりだ。帰って、ビールの
おいしさを再認識。そして、帰途の観音峡へのきびしい登り坂で、
まるで「山路来て」の「すみれ草」のように力づけてくれた花一輪
も忘れられない。花弁は4枚、ありがとう。
(2007.11.17)
■2007年11月13日、
一日快晴。

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| 7:40 |

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| 14:20 |

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| 17:10 |
悠然とたたずむ玉龍雪山。そこに在ることに大きな意味を感じる。
左2枚は、ベランダから、右はC地点にて、いずれも70mmで撮影。
(2007.11.13)
■2007年11月12日、
やっと晴れた。
玉龍雪山が目にしみる。心おどる気持でベランダに立ちつくし、
何枚も何十枚も撮影する。7時ころにはまだ朝日があたらない。7時半
になって朝日に輝きはじめ、

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| 70mm |

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| 140mm |

|
| 300mm |
そして8時台になると陽光をあびて青空に雪山は屹立しはじめる。
上段は7時40分、下段は8時10分。今回は、70mmと300mmの中間、
140mmも掲載。
その後、雲が雪山にまとりついて離れることはなかったが、終日
快晴で推移した。
(2007.11.12)
■2007年11月8日、
曇天。

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| 7:40 |
昨日は午前中ずっと雨。玉龍雪山も今月になって、ずっとおあづけの
状態だ。
それでも今朝は、雪山の下半分が見える。期待に胸をはずませた
ものの、その後はずっと曇天。
乾季だからといって、晴ればかりではない。すべてを見せない雪山。
そこにまた魅力がある。よく見ると、かなり降雪したようだ。
(画像は70mmでベランダから撮影)
(2007.11.08)
■2007年11月5日、
夕刻、昨日と同じB地点へ。

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| 18mmで |

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| 50mmで |
日が暮れる前、玉龍雪山に夕陽がさす、その時をとらえたかった
のだ。しかし、西から北の山にさす光を上手につかむのは難しい。
帰途、4WDを停め、望遠レンズで狙っている人がいた。小部分
だけを標的にすべきなのか。ちなみに、ここでは西側に山があるため
日没時間は不明。現在、6時半頃、日が沈み、7時には暗くなる。
(画像は18:00に撮影)
(2007.11.05)
■2007年11月4日、
午後、白沙村近くのB地点へ。

|
| 18mmで |

|
| 50mmで |
この3日ほど、天気は下り坂。といっても雨はない。雲が多いのだ。
青空が広がったので北方面を流す。心地よい風が頬をなでる。
広い景色を見ると、あの山を越えてどこまでも行ってみたくなる。
(画像は15:50に撮影)
(2007.11.04)
■2007年11月3日、
曇り。
松茸ごはんを頂戴する。ここ麗江では3度目の松茸。けっこう
高い値段になっていると聞くが、もちろん日本ほどではないのだ
ろう。
土地は違っても、松茸は同じ。香りに身体がグラッとした。
(2007.11.03)
■2007年10月30日、
快晴。

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| 18mmで |

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| 35mmで |

|
| 50mmで |
ずっと好天がつづいている。今日はとりわけ日差しが強い。
中間試験の問題を出し終え、はずむ気持で、A地点へ。
いつもカメラを構える場所に馬がいた。この位置で馬を見るのは
珍しい。標準レンズをつけてきたので、18mm・35mm・50mmと順に
撮ってみた。ほんの1・2分の間なのに、馬が草を食べながら移動
するため馬の順序がずれて、最後には2頭しか入らなかった。
(画像は16:20頃撮影)
(2007.10.30)
■2007年10月26日、
快晴。雲量0%で終日推移。

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| 市内(13:15) |

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| 文筆海から(13:45) |

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| 同左、300mmで撮影 |

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| 獅子山・万古楼(14:15) |

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| 民主路から(14:40) |
燦々と照る太陽、確実に玉龍雪山の季節がやってきた。
定置点・ベランダからの時間的推移と、C・B・A地点という線を
移動して雪山の姿をお届けしたが、今日は、シリーズ第3弾!
麗江市中心と南からの雪山である。
市内、シャングリラ大道から開始。70mm-300mmレンズを付けて
きたため、70mmでも前回よりずっと雪山が近い。
それは、南東に位置する文筆海から見た雪山も同様。前回掲載
した5月19日のそれとは別物ともいえる。18mm-55mmの標準
レンズは、目視により近い。が、目で見るのが全てではない。心
でも人は見るのだ。そう考えると、70mmのほうがずっと感じた印象に近い。
そのとなりの300mmで撮影した雪山は、どうか。こちらは人工的
な印象をまぬがれない。しかし、同じ300mmで撮影した獅子山の
万古楼のむこうに見える雪山は、人工的でも不自然でもない。
このイメージそのままに見える感じがする。不思議だ。
最後は、古城のすぐそばの道・民主路から見える雪山。京都など
と同様この地でも、ありふれた都市の街並みが雪山を遮っている。
そんな人為を見下すかのように、そこに玉龍雪山は屹立していた。
(特筆していない画像はすべて70mmで撮影)
(2007.10.26)
■2007年10月25日、
快晴。

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| 教学楼から(07:30) |
しかも終日、雲のない一日だった。
早朝、キャンパスを散歩。ベランダよりもっとよく玉龍雪山
が撮れるところはないかとさまよう。結局たどりついたのは、休み
時間によくたたずむ教学楼の廊下。レンズからのぞく雪山は黄金の
時のようだ。(左は70mm、右は300mm)
一仕事終えて、C・B・A地点をたどり、雪山を眺望。上段は70mm、下段は300mm
で撮影したもの。300mmでこれらの地点からの雪山撮影は初めてだ。

|
| C地点で(16:13) |

|
| B地点で(16:25) |

|
| A地点で(16:50) |
そのため、こころなしかカメラを持つ手も緊張した。
(2007.10.25)
■2007年10月24日、
快晴。
一片の雲もない玉龍雪山が輝く。本格的乾季の到来だ。朝、ベランダ
に立ってずっと雪山を撮りつづける。30分ごとの画像が左。

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| 07:30 |

|
| 07:45 |

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| 08:00 |
上段は70mm、下段は300mmで撮影。
主峰・扇子陡の名の由来がよくわかる。
(2007.10.24)
■2007年10月23日、
好天。

|
| C地点で(16:40) |
雨季は収束、乾季へ向かったようだ。風は強い。部屋の湿気を
吹き払ってほしいものだ。
身体も天地の中で解き放したい、とC地点へ。心地よい。何が、空が山が、そして
太陽が。

|
| 17:00 |
このC・B・A地点を通って北の雲杉坪へと向かう道路に、最近、
大きな標識が何本も建った。高さ10mはゆうにある。往路と復路が別道路
のこの道は、各々2車線。画像は往路でとったもので、時間が遅い
ため車は少ないが、朝から昼にかけては渋滞とまではいかなくとも
うるさいほど。
観光開発が急ピッチに進んでいるのだ。荒原であっても、遮蔽物が
ないほうがいいと思う僕には邪魔者と思える標識。しかし、この
6月から、それぞれの標識建設のため、数週間づつ側の掘っ立て小屋に
住んで汗を流している人々を目の当たりにしているので、気持は複雑。
(2007.10.23)
■2007年10月22日、
玉龍雪山が見えた。

|
| ベランダより(08:15) |

|
| 14:40 |
それも、主峰の扇子陡が見えるではないか。1ヶ月ぶりである。
30分ほどで山頂部分は雲に覆われてしまったが、ひさしぶりの
雪山、午後にB地点へ。青空に映える白雪の玉龍雪山は、もうまもなく。
なお、今日、サイクルメーターは6,000kmを越えた。
(2007.10.22)
■2007年10月21日、
気温がぐっと下がった。

|
| 18:53 |
室温でも12℃。空模様も雨続き、今日も曇天で暮れるか、と
思えた。
だが、夕刻になって太陽がほんのり見え始め、雲を染めた。
(画像はベランダから)
(2007.10.21)
■2007年10月18日、
晴れた!

|
| 14:15 |

|
| 18:45 |
そして玉龍雪山が姿を見せ始めた!さっそくカメラに収め、
ひさしぶりのMTB散歩。だが、大雨。2時間ほどたって、
やっと上がった。
しかし、雪山の季節到来を感じる。そう信じたい。
(画像はどちらもベランダから、70mmで撮影)
(2007.10.18)
■2007年10月16日、
今日も雨。ずっと天気は思わしくない。昨年の今頃は乾季になって
いたのに。

|
| 主人公・鞏向光 |
雨に降り込められて、機動性が失われている。おまけに、屋根
からの水漏れのため、「抗水闘争」に明け暮れる日々。こんな時
には、DVDでも見るに限る。というわけで、ほぼ見終わったのが、
30回連続TVドラマ『特殊使命』。
このドラマは、1940年代から46年ころを背景に、主人公である
共産党地下党員、それも情報部員が、国民党情報部の一つ「中統」
に潜入、調査室副主任として活動する物語である。むろん、最後は
お決まりの大団円なのだが、注目したのは次の2点。
主人公が、テロリストとして抜群の能力を発揮したこと。
そして、彼は、上司が殺されたため、「潜入」自体が共産党に
知られないまま、孤独なたった一人の活動を余儀なくされ、
「叛徒」として暗殺(赤色テロで)されかねなかったこと。
考えたのは、テロと抵抗(レジスタンス)。ガンジー式の非暴力
抵抗もある。そして、誰が考えてもその方が望ましい。しかし、
テロがなぜ、今日これほどに続くのか。絶望的な自滅的なテロの底
にあるのは、最後の抵抗意識なのではないか。
もう一つ考えたのは、「鉄の規律」の怖さだ。個人よりも組織
を上位に置く考えは間違っている。人間のために組織があり、
組織のために人間がいるわけではない。なのに、この主人公は、
なんら疑いを抱かない。
……恋愛とか母子の愛とかも描かれているドラマだったが、
空・山・植物ばかりを見ていた僕には、あまりに刺激的。
そのため6・7時間も見つづけた日曜日などは、夜にこのドラマ
の夢すらみるほどだった。
なお、ドラマの舞台は主に延安の南にある渭城。王維の
『送元二使安西』で「渭城朝雨〜」と詠われた土地であるだけに、
興味津々だったものの、画像のそれはどこにでもありそうな田舎町
でしかなかった。
(2007.10.16)
■2007年10月9日、
乾季まぢかか?
なんどもつぶやき、そして幾度となく袖に振られたこの言葉
ではあるが、今度こそ本当になりそうな気がする。
空が、山が、くっきりとしてきているからだ。そして、風も
心なしか違った香りを運びつつあるように感じられるからだ。
昨日、まる半日、裏切りの大雨にやられたものの、明日こそは、
期待できると思う。
(画像は18:10、C地点から南側を展望して撮影)
(2007.10.09)
■2007年10月6日、
またA地点より東1kmのところへ。
トラノオに似た植物を発見。画像のものは、高さ30cm,尾状部分
は4cmほど。もっと背の低い10cmのものから一番高いもので50cmほど。
C・B地点でも見受けられる。紫系の花は、この季節特有のもの
なのだろうか。
この数日、空の様子が変わりつつある。降雨がなくなり、空は
青空が見られつつも雲との境界があいまいなのだ。日本で言えば
春空にあたるだろうか。ぼんやりした空。もう少しで玉龍雪山が
全容を見せるのではないか、雨季が終わりいよいよ乾季か、期待感
が募る。
(画像は17:50頃撮影)
(2007.10.06)
■2007年10月4日、
午後から晴れに。

|
| キキョウ? |
この10月1日から7日は、国慶節の休み。晴れなら遠出できる!
と楽しみにしていたものの、ずっと曇天と通り雨の毎日。今日に
なって初めて、霞空ではあるが晴天となった。
そこで、A地点より東1kmのところへ。
あの赤い実をつけた植物は、食べられてしまったのか、姿が
ない。リンドウと思しき植物は健在。そのそばに同じ紫の植物
がいた。花の径2cm。花びらが5枚のリンドウ?に対して、
こちらは4枚。キキョウ科の植物だろうか。
ふだんは静かなここも、連休のためか車もMTBも多い。
白い小さな花を見つけた。径1cm、茎の長さ15cmほど。画像
では、下に葉が見えるが、この葉は別の植物。地面から細い
茎をすっと伸ばして、いくつもの花をつけている。葉はない。
帰りに束河に寄る。「束河陽光」という日本の民宿風の宿のおかみさんから
「遊びにおいで」と電話をもらっていたからだ。あの時、閑静だった
束河も、「束河陽光」の前の路地も人が多い。通り過ぎる人々を
ながめながら、一本のビールに、気持は宿の子犬のようになって
しまった。
(花は14:10頃撮影、犬は16:00撮影)
(2007.10.04)
■2007年10月2日、
やっとマクロレンズで撮影。
A地点
の径7mmの花である。9月16日にも撮影しながら、マクロレンズではなかった
ため、いま一つはっきりしなかった。
左はいささか閉じ気味の、右はそばの開いた花。肉眼でも分からなかった
が、こうしてみると、小さな薄紫のこの花は、純白の雌しべが
三つある。そばにほんのり細い黄のようなものが見受けられるが、
それが雄しべだろうか。
この植物、小さくて、かよわくて、いつも風にゆられている。
にもかかわらず、リンクをたどっていただければ分かるように、
4月19日以来、半年もの間、その姿でうったえつづけている。
もしかすると、通年、見られるのかもしれない。
(画像は16:20頃撮影)
(2007.10.02)
■2007年10月1日、
白沙村付近へ。
このあたりは、玉龍雪山と村風景との対照がおもしろいのだが、
山は雲におおわれて見えない。自然、眼は下に向かう。
小さな花を見つけた。1つの花は3mm径と小さい。それが、
3つ、あるいは4つ連れだって咲いている。薄紫の花びらを黄色
の花冠がとりまとめているのにひかれる。
そばの大きな花も目に入った。花の径3〜4cm、高さは
10〜50cmもある。大きな白い花弁は付け根のところで紫色に収束
し、黄色の雄しべ・雌しべと絶妙の調和をなしている。花は色彩の
魔術師だとつくづく思う。そしてどの花もそばに袋状のものを
添えている。これはつぼみなのか、それとも実なのか。
(画像はいずれも午後1時に撮影)
なお、早朝、長井健司さんの画像をYouTubeで見た。ヤンゴンは
遠いが、ここ麗江から一番近い外国は緬甸、直線距離なら200kmも
ない。「圧迫のあるところ、抵抗がある」という毛沢東の言葉を
思い浮かべながら、ベランダから西を見ている。
(2007.10.01)
■2007年9月30日、
日中ラップ比較に挑戦。
ラップは必需品。というのは、2400mという高地のため、電気
炊飯器ではご飯がうまく炊けず、といって圧力釜購入にふみきる
気持もなく、できるだけ多く米を炊きラップにくるんで冷凍保存
して電子レンジでチンする――のが最良の方法だと悟ったからだ。
そのラップであるが、ここ中国のものは、日本のとは違う。
それは青島時代から気づいていたのだが、どこがどう異なるのかは
定かではなく、そのため夜も眠れぬことが数年間も続いた。
今般、東京よりラップを持参、悩みの一つはめでたく解決と
あいなった。

|
| 日中ラップ対決 |
何が違うか。歯の位置が決定的に違うのだ。画像の左は中国
産。歯(カッター)が本体についている。それに対して右の
日本産は、本体側から離れる蓋側にある。歯の位置が異なる
ことによって、使用上、どんな差が生ずるか。中国産ラップでは、
向こう側から左にラップを切ることになるが、日本産も、
同じ向こう側から切る点では同様ではあるが、右側へと切る
こととなる。この点が、使用者に著しい使用感覚の相違を
感じさせることとなる。
では、どちらが優れているのか。ラップは付着しやすい。
よって、本体側からできるだけ距離を置いたところに歯がある
日本産の方が無駄な付着に頭を悩ますことは少ない。これは、
科学的見地からみて明らかな長所だ。
中国ラップに良さはないか。次の段階へと考察は進む。広く
文化的見地から見ると、中国では、ラップの替え芯が別売され
ていることに気づく。カッター部分は何度も使用し、ラップ
のみ買い換えるというシステムだ。
ということで、ラップ本体だけなら日本産に一票、ラップ
をとりまくシステム全体なら中国産に一票となる。
夕刻、夕食を兼ねた自転車散歩に出かけたところ、通り雨
(それもスコール風で強烈)に襲われ、やむなくラップの
日中比較を考えることとなった。が、これを書いている現在、
西日がまぶしい。
(2007.09.30)
■2007年9月26日、
交通整理する警察官をズームアップ。

|
| 交通整理 |
ここは、シャングリラ大道と福慧路が交差する麗江きっての交通
渋滞場所。そこで、午後5時過ぎには信号を止めて、警察官が自ら
笛を鳴らし交通整理をし始める。
注目してほしいのは、彼が立っている台。「交通秩序を守ろう」
「文化的公民を目指そう」という下の台はそれなりによしとして、
気になるのは、その上の「共産党員模範台」といった表示。
共産党員なら模範となりうるのだろうか。
(画像は5時40分撮影)
(2007.09.26)
■2007年9月25日、
C地点付近へ。

|
| リンドウ |

|
| 初めての植物 |
ここでもリンドウを見かけた。花の径1.5cmと小さくとも、空に
向かって広げる花弁には力がこもっている。
そばで見つけた花は一風変わっている。鐘形の花冠は1.5cmで水平
方向に向かい、花の径は1cm、高さは20cmほどである。遠目では
実のようにも見えるが、近寄ってみれば、どう見ても花。花冠に
刻まれた薄紫の線が花全体をひきしめている。
(画像はいずれも10時半ころ撮影。なお中秋節だったが曇天のため
月は見えなかった)
(2007.09.25)
■2007年9月20日、
快晴。

|
| 初めて見る植物 |

|
| 角度を変えて撮影 |
湿気にやられたベッドを干したりして体力勝負の午前中だったが、A地点より東1kmのところへ。
画像地図では右(東)の山に隠れて見えない「東巴谷」に近い場所。

|
| 角度を変えて撮影 |

|
| リンドウ科の植物? |
生まれて初めて見る植物の実を見た。植物の高さ30cm、実の全体
の長さは8cmほど。トウモロコシの実とちょっと似ているが、赤く
短い。あたりを見回しても、この一つしかないし、これまでにも、
まったく見かけたことのない実だ。
紫の花は、径1.5cm、リンドウ(竜胆:本来中国語)科の植物と
思われる。小さくとも堂々としているのは、紫色だからだろうか。
(画像はいずれも17時台に撮影)
(2007.09.20)
■2007年9月19日、
暑い。
朝から一面の青空。太陽がまぶしい。午後5時からほんの1時間
しか走れなかったが、Tシャツに短パンで汗をかく心地よさを満喫。
玉龍雪山はだんだん薄もやにおおわれていったが、乾季到来の
まもないことを予感させる一日だった。
(画像はベランダから。7:18、撮影)
(2007.09.19)
■2007年9月18日、
おだやかな好天。
南側が晴れわたった午前、午後にはじょじょに北側にも青空が
ひろがった。ここの天気は、南から北へと変わっていく。
のんびり白沙村から、束河村を走る。画像地図が北と西に分かれていて分かりにくいが、
距離にして4・5kmしかない。間には、農家が点在し、作物は
トウモロコシが多い。
水が好きなのだろう、細い用水路の中に咲く花を見つけた。高さ
50cm、小さな花を合わせた全体が4cmほど。好みにそって環境を
選ぶ大胆さにひかれた。
太陽の日差しをほぼ一日中浴びた今日、わが布団も表裏に太陽
を吸って、ご満悦。
(画像は13時15分ころ撮影)
(2007.09.18)
■2007年9月17日、
朝8時半、玉龍雪山が見えた。
それも、目にしみるような青空を背景にして。主峰・扇子陡
こそ雲の中だが、その姿にじっと息をのんだ。やはり雪山なくして
麗江はない。
だが、ほどなくして雲におおわれ、午後にはまた雨となる。雨季
の中、一時の雪山だった。
(画像はベランダから。108mm、300mm)
(2007.09.17)
■2007年9月16日、
曇天。
A地点へ。
この地点のおなじみは、5月26日にも掲載した径7mmの風に揺られる
花。マクロレンズを付けてこなかったのが悔やまれる。
鐘形の花を発見。花の径1cm、高さ10cmくらい。この地点は、風雨
の吹きさらしで条件が厳しい。ちょっと戻ったところには、木陰に
同じ植物が、径1.5cm、高さ80cmとりっぱな姿をみせていた(右)。
同じ種でも、環境によって異なる生き方をしているのだろう。
(画像はどれも午後2時半ころ、望遠マクロにて撮影)
(2007.09.16)
■2007年9月15日、
青空が南側にほんのすこし開いた。
今年は雨が多い。アパートは、漏水、漏電、そして停電20時間
――と、いたりつくせり。こんなふうにちょっとでも太陽が、青空が
出ていて、ほっておく法はない。
B地点
付近で、珍しい植物を見つけた。小さい。花の径は7mm、全体の高さ
4cmほど。そばに咲いていたキク科の花が、空に向かってスマートに
自己表現しているのに対し、こちらは、ズングリムックリ、生命力を
むりやり内側に押しとどめているかのよう。
こんなんで、虫を呼べるのだろうか?
(画像はどちらも午後1時半ころ撮影)
(2007.09.15)
■2007年9月11日、
午後、走り始めたら雨にやられて舞い戻ってきた。
そこで、教材準備。その一つが、葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』。
これは、何も中国だから選んだ作品ではない。『日本近現代文学作品選読』
(武漢出版社)という教科書の一つなのだ。それに、日本の高校国語
教科書にも数多く取り上げられていて、何度も日本で扱ったことがある。
とても短い小説で、あらすじも簡単。松戸与三というダム建設現場
で過酷な労働を強いられている労働者が、あるとき仕事のセメント樽
をあけると、小さな小箱が出てきて、その中に手紙が入っていた――
というもの。
その手紙の内容は……、それは小説を見ていただくことにして、僕
が今回つくづく思ったのは、手紙の書き手である女工の考えの深化だ。
彼女は、労働の本質を、亡くなった恋人を通して自分のものとして
体得した。労働は、一時、自分を支配している者に奉仕しているようだ
が、そうではない。今の人々、後世の人々に必ず価値をもたらすもの。
そして、働くことによってしか、価値というものは生み出せないという
こと。
なにやら社会保険庁の労働組合が、仕事をしないことを要求し、労働
協約を結んでいたという話があった。これはおかしい。働く者は、より
よい仕事をするために、労働組合を作り、そして必要に応じて社会の
変革を求める――これが本筋だ。葉山嘉樹は、そう語っている。
この教科書には、最新の研究情報も掲載されていて、中井裕子氏の
「無産の人々の世界を描いた葉山文学の後継者や葉山文学の正当な
評価者の、現代までの水脈の細さは、不幸と一言で片づけられない
今日的課題である」という評論も載っている。
まったく同感なのだが、現在の中国の大学生に、どれだけ分かって
もらえるか、これからの勝負だ。今は「人民中国」ではない。「市場
経済の国」だ。。
(2007.09.11)
■2007年9月10日、
B地点へ。

|
| せり科の植物 |
せり科の植物と思われる左は、茎の長さ10〜30cm、茎頂に4〜8cm
の複散形の花序。これは小さいもので、羽アリに蹂躙されているのが
痛々しい。
花径1cmと小さい右の花は、5月18日や5月20日の花そのもの。
マクロレンズが標準レンズよりずっとクローズアップして写せること
だけは分かった。
(画像は午後2時ころ撮影)
(2007.09.10)
■2007年9月9日、
C地点へ。
8月24日にもどって以来、ずっと見えなかった玉龍雪山がほんの
少し姿を現した。思わず、雲に隠れた部分を指でなぞっている自分
がいた。
8月に持ってきた交換レンズ「SIGMA 50mm F2.8 EX DG MACRO」で、
目に入った高山植物を撮影。白い花は、7月8日と同じ。また
黄色い花は、4月8日と同一。
マクロレンズでの撮影は難しい。ほんの数ミリの差で、ぼけて
しまうのだ。写真は奥深い。
ところで、黄色い花がまだ咲いているとは思いもしなかった。
ひところは、いたるところに覇を競っていたが、今はさすがに
少ない。が、5ヶ月もの間、その種が連綿と花を咲かせていること
には敬服するほかない。
(画像は、すべて午後5時すぎに撮影)
(2007.09.09)
■2007年9月8日、
太陽が「こんにちは」とほほ笑んだ。
はやる気持ちで、A地点から東1kmのところへ。わがMTBは、5000Km突破記念
に大枚580元をはたいてMICHELINというメーカー
のタイヤに換えたので、もうご機嫌。
エーデルワイスが見られたこの一帯、点在しているのは、黄色
の花。茎の高さは30cm、花の径2cmほど。これは、昨年9月24日
の花@と同じ。オトギリソウ(弟切草)かも、と書いたけれど、
分からないままでいる。
また、少し隔たって、紫色の植物も群生している。初めての花。
1.5cmの径で、高さは20〜30cm。純白から徐々に紫色へと移り、
そして湾曲しているのが、独特。なぜこのような形と色なのか、
きっとそこには何らかの秘密があるのだろう。
(画像はいずれも午後2時台に撮影。なお、遠景画像の尖った山
は、南に位置する文筆山)
(2007.09.08)
■2007年9月7日、
空に穴が開いて、やっと青空がかいま見えた。
この一週間というもの、ずっと雨が降り続いた。しかも、スコール
のような通過性の雨とは違って、やむことのない、身体の芯まで
しみとおる冷たい雨。
布団や毛布、電気ストーブ、ダウンジャケット――まで使用開始。
昨年より今年はちょっと早いようだ。
一方では、ネット・ウオッチング。みつけたのは、
「News for the People in Japan」というサイト。
様々の資料へのリンクを紹介している。
(2007.09.07)
■2007年9月2日、
石鼓へ。

|
| 紅軍長征渡江記念碑 |

|
| 記念碑向かいの彫塑 |
石鼓村は、麗江中心から西へ約40kmほど行ったところにある村。
長江上流の金沙江が大きくカーブする「長江第一湾」が望め、また、
およそ70年前、紅軍が長征の途次、長江を渡江した場所でもある。

|
| 古い街並み |
中国工農紅軍第二方面軍長征渡江紀念碑の前にたたずむと、
その偉業も今や「歴史」でしかなくなってしまっていることを感じ
ずにはいられない。
ひっそりとした古い街並みも、歴史の向こうに置き去りにされて
いるのをじっと噛みしめているかのようだった。(画像はいずれも11時台に撮影)
(2007.09.09)
■2007年9月2日、
朝、小雨の中、束河の村を歩く。
「束河陽光」というこじんまりした宿を出ると、しっとりした
道が待ち構えていた。一昨日、泊まった古城にある「古城客桟」
とは違って、ここは日本の民宿のような温かさを感じさせてくれた。
ホテルに入るとすぐ出してくれた一杯の「白酒で作った梅酒」の
ぬくもりが、夜が明けても身体のどこかに残っているかのよう。
そばにある青龍橋である。明の万暦年間(1573〜1619)に造られた
という長さ28mのこの橋は、束河のシンボル。朝の8時半、といっても
北京時間なので早朝にあたり、人通りはまばら。これほど押し黙って
いる橋は初めてだ。
小雨にけぶる青龍橋。茶馬古道の幻影を感じさせるに十分だった。
(2007.09.07)
■2007年8月30日、
昨日から授業がはじまった。
真新しい科目は「日本文化専題」。日本語で書かれた『日本文化概論』
(韓立紅著・南開大学出版社)という教科書を使用する。中根千枝・土居健郎・
ベネディクトの論にそれぞれ一章ずつ割き、加藤周一・中江兆民から、戴季陶・
周作人・ライシャワー・李御寧まで動員した日本論の集大成ともいえるもの。
準備のあいま、A地点付近へ。7月15日のエーデルワイスがどうなったか、知りたかった
のだ。
ほぼそのままの形で、生えてはいた。が、枯れる寸前。「老成」という言葉
は、エーデルワイスにはあてはまらないようだ。
帰路の午後3時半に目に入ったのが、画像の植物。花径4cm、高さ50cmほど。
花弁の裏側がほんのり紫がかっている。(CCDのゴミは、簡単なクリーニング
によって取れた)
(2007.08.30)
■2007年8月27日、
玉龍雪山は姿を隠したまま。
曇天、にわか雨、晴れ間ーーという天候の変化の毎日。寒いときは、
部屋の中でも20℃を切っていた。
久しぶりに束河へ。
途中の道路わきで午後4時半ころ群生する植物を見かける。黄と赤の混合した
花弁は、5cmと大きい。奇数羽状複葉の葉が特徴的。クローズアップ
したのが右の画像。CCDにゴミがついてしまっていた。
束河村は、閑静なところが多い。路地がたくさんあって、そこを入ると、
ちょっとしたホテルがあったりする。右は、「束河陽光」という宿。入り口の
提灯が面白い。
(2007.08.27)
■2007年8月25日、

|
| 野薊(10:25) |

|
| 高山植物(10:30) |
涼しい。
東京の暑さから昨日もどって、ここ麗江の涼しさにホッ。Tシャツでは寒いほどだ。
さっそく、C地点付近へ。
ノアザミ、そして高山植物が目につく。花の径4cm、茎は10〜15cm。
すらりと伸びた薄紫の花弁と黄色の雌しべ、その対照性、そしてこぼれそうな
露がみずみずしい。
夕方、A地点に。その手前で見かけたのが、右の植物。50cmほどの小灌木。
約4cmの花部分も葉もすべてが白い。まるで、薄雪草(エーデルワイス)を
大きくしたかのよう。
(2007.08.25)
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