| 折節の移りかわり/麗江(2010/02/25〜) |
■2012年4月11日、
久しぶりにすっきりした玉龍雪山が部屋のベランダから見える。
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| 07:26に70mmで |
■2012年4月9日、
ぼんやりした景色がつづく。 ■2012年4月1日、
ふと昔のことを思い浮かべた。 ■2012年3月30日、
DVDでTV版『さんざしの木の恋』を購入。 ■2012年3月28日、
野菜が高い。 ■2012年3月22日、
TV版『さんざしの木の恋』にみとれる。
春ならではのことで、しかたがないのだが、それでも、あの冬の
澄み渡った風景がなつかしい。
ところで、最近、古歯ブラシを手に、部屋の隅を徘徊することが
おおくなった。平素、部屋は水ぶきしているのだが、片隅のゴミは、
なかなか取れない。
ふと、古ハブラシを思い起こし、ブラシでサッサッサ。これで、
OKなのだ。コンセントやスイッチの上のホコリ、ドアの凹凸部分など
サッサッサで、見違えるようになる。
――ということで、これも、おじちゃんの知恵袋入りとなった。(きれい好きな僕!)
(2012.04.09)
土・日と清明節の振り替え授業で、明日から三日の休みとなって、
(たくさん仕事はあるのだけれど)ホッとした気持のためだろうか。
僕がなぜ、もう10年も中国で仕事をしているのか、自分なりに
説明しておきたくなったのだ。
小学5年のことだろうか、当時おおくの少年がしていたように、
僕は、短波ラジオに日々耳を傾けていた。それがこうじて、翌年には
アマチュア無線にのめりこむのだが、それは置いて、VOA(アメリカ)
とかBBC(イギリス)などの海外局が日本語放送をしていた。
当時、そういった海外局に受信状況を送ると、べりカード(受信証)
という綺麗な葉書(カード)を記念に送ってくれていた。それを蒐集するのが、
短波ファンだった。(BCLとか、SWLとか言っていた)
そんな中に、中国の北京放送があった。きれいな日本語で話す
アナウンサー、そして、もちろん受信報告をすると、たしか、北京・
天安門風景のカードを送って来てくれた気がする。(もう昔のことで、
どこへいってしまったのか、北京放送も、BBCもVOAも、それから
もっと聞きにくい局のカードもあったはずなのに、今はない)
北京放送が、他の海外短波局とちがっていたのは、その後にも、
「北京週報」という日本語版の週報を送って来てくれたことだ。
毎週、それが届くと僕は嬉しかった。ただで、こんな出版物を
送ってくれる! それだけで喜びだった。(他にそんな海外局は
なかった)しかし、1960年代になると、「中ソ論争」という
何かすっごく難しい話が中心になり、毎週のようにきちんと送られて
くる「北京週報」が、中学生だった僕には、うっとうしくなった。
いったい、いつのことだろう。いつか、送られて来なくなった。
そして、……、大学時代。なぜか、今では「大学紛争の時代」と、
メディアでは「客観的に」のべられていて、それが後世、歴史として
叙述されると思うと、恐ろしい。悲しい。利益がぶつかりあうと
いうような「紛争」ではなかった。不合理なことに対する闘いだった。
中国での「文革」は、けっして中国だけでのものではなかった。
不合理なものは、アメリカのベトナム戦争をはじめとして、いたる
ところにあった。
そこで、僕は、中国にあらたに興味をいだき、勉強し始めた。
核心は「毛沢東思想」だった。
……結論は何も出ていない。そして、だからこそ、ここ中国で
仕事をつづけている。。
この二か月前、仙台に行った。そして、26年仕事していた高校の
諸君が集まってくれた。あの時、よっぱらってしまった僕は、何も
語れなかった。もし語るとすれば、上述のようなことになるだろうと、
思って書きました。
(2012.04.01)
最初から最後まで、しっかり見終えた。こうしてみると。映画版とは
また別の物語と思える。
舞台は1974年から76年の文革末期。23歳の孫建新と
18歳の静秋は、なぜ、たがいに引きつけられあうのか?
恋愛物語の要。この長く短い物語では、偶然の出会いを端緒と
して、孫建新(高級幹部の息子。母親は文革の批判に遭い自殺)は、
貧しくもいつも前向きに生きようとする静秋を忘れられない。一方、
静秋(父は右派として批判を受け死去。母は退職教師)は、孫建新が
語り、そして手紙に書く激励に心打たれる。
二人の間にある越え難い溝は、境遇、いや階層・階級であると
いっていい。たとえば、こんなエピソードが詳細に描かれている。
収入がないだけでなく、父親の負債を背負っている静秋は、母校
での臨時雇いの他に、日曜日に日雇いの仕事をする。重い荷物を
運ぶ肉体労働である。それを見かけた孫建新は、「こんな危ない仕事を
しちゃいけない!」と止め、親方には「なんてひどいことをするんだ。
こんな若い娘に重労働をさせるとは。あんた、それでも人間か」と
食ってかかる。
静秋がする日雇いの賃金は1日3.5元。中国での貨幣価値も変っているが、
現在の日本円で言えば、300円くらいだろう。禁書だったロマン・ロラン
の「ジャン・クリストフ」を静秋に勧めたことのある孫建新にとっては、
「たかが3.5元」である。しかし、静秋にとってみれば、母と妹の一週間
の生活を支えられる「貴重な3.5元」である。
この時代、社会の差別が問題にされていたにもかかわらずである。
静秋は、孫建新が親方に言いがかりをつけたため、もう日雇いもできなく
なってしまう。
二人を隔てる溝――相手を思ってしたことが、逆に相手を傷つける
だけでなく、相手の現在をも失わさせる。
これが、この物語をつらぬく基本。よって、静秋は、必然的に
孫建新を避ける。だが、この物語はまだ終わらないのだ。なぜか?
続けたいところだが、清明節で振り替え授業が明日あり、またの機会に
書くことにする。
(2012.03.30)
端境期だからなのか? スーパーであれこれ買って、今日は
給料日なので、大学の会計課へ行くと、リュックから大根が半分
顔を出していた。
「大根、高いねぇ。前はもっと大きなのが1元で買えたのに、
今は4元!」とつぶやいたら、笑われた。
ほうれん草も高い。日本のそれよりは少し葉数は多いが、1.5元。
安い時は、0.5元くらいのものが。
が、しかし、背に腹は代えられない。今日は、5個4元也の里芋
(小芋頭と表示されていた)も手に入ったので、「トン汁」としゃれて
みた。日本から持ってきた味噌が「私を使って!」と冷蔵庫の中で
つぶやいているのだ。
味噌を使ったものは、その後いくども火を入れて食べるには
ふさわしくない――と躊躇したのだが、ま、思い立ったが百年目。
せっせと作って、おいしくいただいた。まだ、あと5回ほどは食べられる。
さて、ここ麗江の天候はすっかり春めいてきた。そのかわり、
朝はぼんやり霞むことが多いし、午後には、通り雨がいきなり襲う。
キャンパスの雲南桜も、もう枯れ始めた。
とはいえ、春は身体が大きく広がるような気がする。そろそろ
さまざまの植物に遭遇できると思うと、気持も大きくふくれあがる。
(2012.03.28)
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| 王洛丹が演ずる静秋 |
■2012年3月19日、
映画『さんざしの木の恋』(一昨年9月22日掲載)(監督・張藝謀)がTVドラマ化された。
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■2012年3月18日、
比較的、玉龍雪山が、はっきり見える。
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| 同左、38mmで |
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| 13:30に、14mmで |
■2012年3月17日、
NHKの深夜番組(早朝番組)『明日へのことば』は、なかなかいい。 ■2012年3月15日、
昨日、12時までの授業を終えて、部屋に戻ると、温家宝首相の記者会見が
生中継されていた。 ■2012年3月12日、
11:59、中央電視台国際チャンネルCCTV4で、不思議な画像を見た。 ■2012年3月11日、
3・11から一年。
今朝は、窪島誠一郎氏(71歳)が、無音館と父・水上勉について語って
いた。無音館とは、70年ほど前、徴兵された画学生が残した絵画を
長野・上田に展示した私設美術館。「赤紙」が来て、懸命に絵筆を
とった画学生の絵ばかりを身銭をきって展示しているという。
昨年の3・11の時、議論があったという。「貴重な電気を、
一日に1人・2人しか訪れるひとのない美術館で、こうこうと照明を
つかっていいのか?」という内容だったらしい。結論は、「あの若い
画学生たちの気持を、伝えるために、1人でも2人でも、訪れる人に
見てもらうために必要だ」といったものだったという。
無音館の出口には、自由に書けるノートが置いてあるそうだ。
ある年配の婦人が、「震災で心の支えがなかったのですが、ここを
訪れて、しっかり生きていこうという気力が生まれました」と書いて
行ったという。
日本時間午前4時(中国時間3時)からの番組。ぼんやりと
聞いていたので、もっと心を打つことばだったようにも思う。
僕は、窪島氏という人を知らないでいた。そして、「(東京大空襲)
のあと世田谷に立って見た情景と、3・11震災後の風景は全く同じ
ように感じられた」といった言葉も、ぼんやりした頭の中で、今なお
はっきり刻みつけられている。
僕は、この番組について書き始める時、「仕事人に聞きやすい時間帯
に」という要望を添えたいと思っていた。が、書きながら、この時間
だからこそ、番組の命があるのかもしれないと思ってきた。
麗江へもどる前の2月なかばに聞いた「最愛の妻の死を乗り越えて」
という垣添忠生(国立がんセンター名誉総長)の言葉も心に迫るものだった。
さきほど、NHKのサイトを見たところ、この『明日へのことば』は、
1カ月以内なら、サイトで聴く事ができるようだ。(ここ麗江では、
転送速度が遅くて空白時間があって聴くにたえないのだが)
おそらく日本では、数多くの良いラジオ番組・TV番組が日々
放送されているのだろう。が、海外で耳に(目に)できるのは、
一般的には、NHKの海外放送だけだ。二年前の6月5日に書いたが、
TECSUNのPL-600は、時間によって周波数が変るNHKの海外放送を
メモリーに記憶しておき、ダイアルで簡単に選局可能なので、とても楽。
もしかすると、耳に訴えるラジオのほうが、視覚に訴えるTV
よりいいのかもしれない。(と言っても、中国連続TVドラマは、ほぼ
毎日、欠かさず見ているのだが)
(2012.03.17)
とても疲れている感じ。いつもの公式的な席で見せるニコッと
した笑顔もなく、やつれている顔だけが目立った。学生が「温家宝さんて
かわいい!」と言っていたが、全く違って、顔をゆがませている様子
ばかりがめだった。
僕は、昼食を終え、そのままMTBのパンク修理にいそしみながら、
言葉をかみしめるように、ゆっくり記者の質問に答える温家宝首相の
姿を見ていた。「9年も首相を担当して、疲れたんだな」という印象
だった。
今日、その発言を新華社が伝えたもので見た。かなり深刻な
内容といえる。(以下、引用は拙訳)
「現在、改革は攻防戦の段階にある。政治体制改革の成功なしには、
経済体制改革は、まっとうできない。すでに得た改革と建設の成果も、
失う可能性がある。社会で新たに発生した問題も、また根本から解決
することはできない。『文化大革命』という歴史の悲劇もまた繰り返え
されるかもしれない」
僕には、この20年の改革開放が順調に進み、中国首脳部も、その上に、
どっかりとあぐらをかいているのではないか、と思えていた。が、この
温家宝首相の認識は、僕がどこかで感じているものと通じる。
また、シンガポールの『聯合早報』記者の、「この数年、首相は
さまざまな場面で、なんども政治体制改革についてのべていらっしゃる。
なぜそう何度もおっしゃるのか。また中国の政治改革の難しさはどこに
あるのか」といった質問に対して、次のように答えている。
「私が幾度となく政治改革について述べているのは、その通りだ。
なぜ、この点に私がこだわるかと言えば、責任を感じるからだ。『四人組』
打倒(筆者注:1976年)以後、我々共産党は建国以来のいくつかの歴史的
問題に関して決議をし、改革開放政策にふみきった。だが、『文化大革命』
の間違った負の遺産、また封建的な影響は、いまだ完全に消し去られていない。
経済発展にともない、また、不公平な所得分配・誠意の欠如・汚職腐敗
という問題が生まれた。わたしは、この問題を解決するためには、
経済体制改革だけでなく、政治体制の改革をすすめ、なかでも共産党と
国家の指導体制の改革に手を付けなければいけないと、心から思う」
これらの発言から浮き上がってくるのは、温家宝首相の政治改革
にかける信念だ。「政治家は動機ではなく、結果で判定される」という
名言がある。よって、温家宝首相の発言について、さまざまの毀誉褒貶
があってしかるべきだ。
だが、僕は、まったく別の観点から、政治家にこのような発言を
させる場がない日本の現況のほうが気になっている。
(2012.03.15)
軽い音楽と共に、中学生と思われる男女を描写したもの。雪の中
の風景もあり、中国東北地方で撮影したのかな、などと思って見ている
と、学校の風景も出てきて、どうも中国の中学生ではないように、
思われた。学校の造りが中国式ではないのだ。
30秒ほどして、最後に「福島」とだけ出て終了。説明も何も
ない。言葉は一切ないのだ。
すごい! これは、いわゆる公共広告の一つなのだろう。が、
外国で、福島を訴えるこのような公共広告が流れるとは、思いも
しなかった。この福島公共広告を制作・放映しているCCTV
中央電視台の人々に「ありがとう」と心から言いたい。
広告について言えば、市場経済下にある中国では、国営放送である
CCTVも、頻繁に流す。が、都市CMは、国内に限ったもので、海外
都市のCMが放映されることはない。
つまり、福島は、例外中の例外、格別な扱いの中で放送された
のだ。そして、この福島公共広告は、3・11以後、初めて見るもの
だった。
ありがとう。
(2012.03.12)
CCTV(中央電視台)ニュース専門チャンネルでは、午後1時から
二時間の特集番組「一年之后」を放映、東京での追悼式典も実況中継。
式典中継の前後と間には、岩手・宮城・福島から同じく実況で中継
していた。内容は、心のこもったもので、眼がしらが熱くなった。
また、3・11がもたらした日本への影響のうち、文化としてTVドラマ
『家政婦は見た』をとりあげるというふうに、かなり目配りのされた
番組。
不満だったのは、原発問題。その専門家がでてきて、「原発廃止
を決めたのは、ドイツ・イタリア・スウェーデンの三か国だけで、
主流は継続」「日本の福島原発などは旧型。中国は新型」と語り、
未解決の原発廃棄物問題などには触れることはなかったこと。この
あたりは、日本の所謂「専門家」と、いい勝負だ。
おそらく3・11の今日、ここ中国のように、多くの「良心的」
番組がTVで放映されているのだろう。だが、視覚に訴えるものでは
なく、思考・思想面ではどうなのか。
東京にもどっていた時、書店をさまよい、探し当てたのが、
辺見庸『瓦礫の中から言葉を』(NHK出版新書)。3・11を深層で
とらえようとしている本の一冊。
この本のすごいのは、個人的なものを普遍的なものへと昇華する
ため、彼が蓄えて来た多くの思想家の著作を核心的に引用している
点だ。
よって、この本は、3・11後の世界を考えるための大きな
ヒントを提示していることになる。読書ガイドといっても、間違い
はない。
3・11を経て、思想面で考えようとしている書物は多いの
だろうが、そのような本を是非、教えてほしい。(ここが、
メールアドレスです。)
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| 15:55に14mmで |
■2012年3月3日、
春霞がかかっていたり、雲が多かったりしたが、今日は太陽が暖かい。
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| 同左 |
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| 13:15に |
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| 14:00に |
■2012年2月28日、
電磁炉が届いた。 ■2012年2月22日、
麗江にもどる。
大学が貸与してくれていたものだが、6年目、煮込み使用
頻度が高いためか、電源部分が壊れてしまったようなのだ。もし、
トランスを使っているのなら、それが焼けたようにも思われる。
大学当局に言って、修理してもらえばいいのだが、この電磁炉、
今はかなり安価になっているので、ネットショッピングとしゃれて
みた。アマゾン中国である。
149元(日本円で2千円弱)。先週金曜に注文、今日の昼に
届いた。雲南省という中国のはずれなのに、たった4日。中国の
物流もすごい速度で進化している。
電磁炉は日本ではあまり普及していない。しかし、ガスと比較
しても、火力が強く(最大2000W)煮たきがすばやくできる。
しかも、火ではないので、ずっと安全。エネルギー危機の現在、
コスト方面から見たらどうなのか不明だが、中国人の同僚に聞いて
みると、皆、もっているとのこと。普及率はガスをずっと越えている
のではないか。
(2012.02.28)
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| 13:40に飛行機から |
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■2012年1月13日、
曇天がつづく。 ■2012年1月7日、
晴天。
晴れて、玉龍雪山・扇子陡に雲がなければ、すぐにでも
2日に登った所から、4000mを目指したい。または、7日の地点
から、新しいルートを探して扇子陡に近づき、撮影したい。
そんな思いで部屋にたたずむ日々。実は、後者については、
11日にも試みたのだが、やはり曇天。
やさしいようで、むずかしいのが、山だ。
(2012.01.13)
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| 08:15に70mmで |
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| 09:24にX地点で |
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| 同左 |
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| 10:10にZ地点で |
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| 同左 |
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| 同左 |
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| 13:55 |
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| 13:04、2950mから |
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| 13:40、珍しい松 |
■2012年1月6日、
雪山の積雪がふえた。
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| 08:15に70mmで |
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| B |
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| A |
■2012年1月5日、
未明に雨か雪が降った。 ■2012年1月3日、
雪山に、かなりの積雪がみられる。
アパートの前には、水たまりがあり、近くの山は、雪で薄化粧。
もちろん、玉龍雪山方面は、かなりの積雪。
昨日・今日と基本的に曇天。思い出したかのように時折、陽射しが
さす。今日の昼過ぎには、雪状のものがちらついた。雪山は、3日以来
雲の中に姿をかくしている。つまり、降雪しているのだ。
こちらは、零下ではないものの、寒い部屋の中で、せっせと卒論
指導と成績処理。こちらも一段落、雪山も一段落となれば、めざすは
やはり玉龍雪山!
(2012.01.05)
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■2012年1月2日、
海抜3650mへ。
時は正午を少し過ぎていた。あそこに見える山が4000m、
そこからは玉龍雪山主峰・扇子陡が見えるという。だが、
すさまじい強風、そして雲が覆いはじめ、雪が舞いはじめる。
ことは、大晦日の小宴会で同僚の先生に、玉水寨から玉龍雪山に登るコースを
知っていると聞いたことから始まった。
考えてみると、下から眺望することばかりに腐心し、山登りは
とんと忘れていたではないか? 3年前の1月に、玉湖から
登ったきりだ。
そこで、さっそく、その先生に同伴をお願いし、暗闇の7時に北極星を
拝みつつキャンパスを出発、玉水寨の高山植物園の脇道から、ダムを
経て、ようやく3650m地点に到達したというわけである。
さて、どうしようか? もう少しで、富士山の高さを越えられる。
だが、だがである。この風、雲、雪……。主峰・扇子陡は雲の中、
風と雪の危険もある。残念。撤去することにした。
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| 13:15にLUMIXワイド端で |
■2011年12月31日、
同僚の先生の結婚披露宴に出席。
今年の4月ごろ、「今年中に結婚するので」と彼女から声が
かかっていたのだが、ぎりぎりの今日となった。先週、請柬(招待状)を、
わざわざお二人が届けに来てくれ、感激!
宴席は、麗江市内のホテル。10人の卓が20はあったので、
二百人くらいが臨席。すごい。が、正午ということもあって、
1時間ほどで終了。祝辞やアトラクションもなく、簡素でいい。
彼女は、少数民族で、高山市へ研修で1年ほど派遣されたこともあり、
日本語は堪能。昨年、選択科目で「日本の芸者」というのを担当して
いたので、ずいぶん冷やかしたっけ。
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| 300mmで |
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| ワイドレンズ14mmで |
■2011年12月30日、
『新亮剣』を放映している。
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| 新・李雲龍 |
■2011年12月28日、
一昨日は曇天だったが、雪山に積雪はない。
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| 15:40にLUMIXズーム端で |
■2011年12月25日、
雲が出た。それが雪山を演出している。
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| 14:00 |
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| 14:45 |
■2011年12月24日、
クリスマス・イブ。 ■2011年12月23日、
快晴。ひさしぶりに午前中、MTB走行。
今年も、大学のクリスマス・イベントが行われた。6年目の
この大学で、5回目の参加。(期末試験問題作成のため、確か、
一昨年どうしても参加できなかったのだ)
年ごとに内容がすばらしくなっている。外国語学部が中心で、
「サイレント・ナイト」で始まり、チベット族、イ族といった
少数民族の舞踊が目を引く。
授業で接している学生の別の側面を知れるのが、この種のイベント
の楽しみ。授業では全然知ることができなかっただろう張君の役者
ぶり、3年生の合唱『風になる』(わが自転車愛好者の歌!)、
担当してはいないが1年生が真剣に歌う合唱……。いつも思うこと
だが、遠い日本に興味を抱き、舞台で緊張しながら演ずる彼女・
彼らのことを思うと、「ありがたい」という気持でいっぱいだ。
残念なのは、会場が狭く、外国語学部の学生全ては入れないこと。
そして、天井が低いため、音響効果が悪いこと。
しかし、おそらく、多くの中国の大学で、こういったイベントを
やっていることだろう。それは、すごいことだ。
(2011.12.24)
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| 10:46にPENTAX+300mで |
■2011年12月22日、
快晴。
風呂に入ると、今日の湯は熱すぎるほど。冷水を加えないと
入れない。ということは、19日に書いたのとは違って、同じ快晴でも、
日射量の強弱に差があるようだ。
確かに、風があるとはいえ、今日の陽射しは強かった。冬至なので、
餃子を買いに行ったら、若い男がTシャツで颯爽と闊歩していた。
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■2011年12月21日、
快晴。風がつよいので、追い風を受けて昨日の地点へ快走。
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| 15:05にPENTAX+300mで |
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| 15:07にLUMIXで |
■2011年12月20日、
快晴がつづく。
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| 15:42に300mで |
■2011年12月19日、
今日も快晴。 ■2011年12月17日、
ビートルズと、その解散後のジョン・レノンの曲はずいぶん違う。
しかも、雲量ゼロ。が、お風呂に入ると、温水全開なのに、ちょうど
よいくらい。これが、11月だったら、熱くて冷水を補給せねば
ならないところなのだが。
屋上設置の温水器の限界か。それにしても、冬だ。さすがに
太陽の力が弱まっているのだろう。
そういえば、MTB走行用にしているジャンバーのチャック
(ジッパー)の手で引くものが取れてしまった。針金を使って
いろいろ工作してみたが、はたと思いついたクリップで決まり。
アメリカブランドのジャンバーだが、今の日本製品にはありえない
欠陥。が、それもクリップ一つで解。これも、おじちゃんの知恵袋
入りかな?
今年は、春節が早いため(1月23日)、授業は今週まで。
今日、文学の試験問題を提出してスッキリ! 金・土に会話の試験
を終えれば、一応、仕事納めとなる。あっ、卒論指導もあるのだが。
(ほうれん草をゆでながら)
(2011.12.19)
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| 14:56にLUMIXで |
■2011年12月8日、
あの二重釜方式はマズイ!と思った。
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■2011年12月6日、
快晴。 ■2011年12月3日、
鉄道の麗江駅ができた。
アメリカからうれしいEーMailが入った。卒業生からである。
といっても、中国のではなく、昔、東京で教師をしていた時の人から。
返信してから、ベランダで太陽を浴びながら、餃子とビールで健康を
願い、一人、乾杯!
便利になったものだ。インターネットの普及により、検索して
なんとかたどりつけ、そしてメールが出せる。
先日の、12月3日の麗江駅についても、ネット検索してみた。すると、
今年の8月18日から開業、麗江東駅は貨物専用駅になったとのこと。
そこで、日本に帰国する際、航空券をいつも昆明の旅行社に依頼して
いたのだが、今回は、「qunar(どこへ行くの)」というサイトを覗いて
みた。安い。そして、いつもの昆明経由ではなく、成都経由のほうが
安いことに気が付いた。
麗江で、これまで手に入れられた上海製KIKKOMAN醤油が入手でき
なくなり、AMAZON中国で、注文もできる。いや、KIKKOMANはなかった
けれど、先週、したところだ。
こうしてみると、インターネットにより、どこにいても便利な
生活を享受できるかのようにみえる。だが、そこで失われていくのは、
人類の本能、野生、逆境を乗り越える力、そして……?
(2011.12.06)
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| 麗江駅 |
■2011年11月29日、
曇り。ひさしぶりに、厚い雲が空をおおった。
こんな時には、熱い湯もないので、おもいきりMTBで走り
まくり、蒸しタオルで身体を拭くに限る。
で、その蒸しタオルだが、お湯を沸かして……はめんどう、
お皿の上に濡れタオルをのせて、電子レンジでチンが手っ取り早い。
あっ、こんなアイデア、結構あるので、ちらっとまとめてみよう。
「おばあちゃんの知恵袋」ならぬ「おじちゃんの知恵袋」!
使用済み歯ブラシは、そのままで、自転車掃除に使える。特に
ギア回りは埃とゴミがたまりやすいので、これで一発解消。むろん、
台所でちょっとしたものを洗う際に、手を濡らすこともないので、
便利この上ない。まっすぐで具合が悪ければ、ライターなどで、
30度、45度にまげれば、使い勝手も抜群に向上。ブラシ部分が
ダメになったら、その部分をカットして、カッターで削れば、鋭利な
キリになる。
5月12日掲載の二重鍋であるが、鍋のそばにおいてあるのは、使用済み
靴下。湯や汁の飛び散り防止。ダメになった肌着でもいいが、肌着の
方はいい綿なので、細く切って、これまた自転車掃除用には最高品質
のウエスとなる。こうしてみると、捨てるのが惜しくなる人生だ。
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■2011年11月25日、
アメリカの感謝祭。 ■2011年11月24日、
ライオンがよみがえった。
アパートのビル夫妻に呼ばれてごちそうになる。すごいなぁと
思ったことがいくつも。サラダが出ていること。生のサラダ。おいしい。
生野菜は中国で食べないことを鉄則にしている僕からすれば、すごい
としか言いようがない。
バックサウンドで、カントリーミュージックを流していたので、
いきなり「ローハイド」をがなってみた。やはり、同世代、きちんと
知っている。
もっとすごいな、と思ったのは、壁にTVや映画で見るように
家族の写真を(しかも沢山)はっていて、そのうちの二人がどう見ても
東洋系の子供。聞いてみると、中国人の子供を引き取って育てて
いるとのこと。
ビルさんは、66歳。別のアメリカ人の方は、明日、ボランティア
活動があるという。
風船のように風にまかせてきままに飛んでいきたい――などと
言っていた自分が、少し情けない。
それにしても、アメリカ人教師の方々、それぞれ志を抱いて
この中国に来ているように思う。若い人は、中国語を学び将来への
飛躍を。年配の人は、自分ができることを人々に。
初めて体験した感謝祭。これは、きっとそういう儀式なのだろう
が、最後の方で、「一人ひとり、感謝の言葉をのべましょう」とビルさん
が言って、「私は妻に感謝を」……。6人が一人づつ語る中、僕の
番になって、(外事の人に通訳をたのんで)「私が中国人なら、
毛主席に感謝します」と言ってしまった……。
いやはや、情けない。冗談の場ではなかったのだ。よって、
不真面目このうえない発言だった。
(2011.11.25)
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■2011年11月21日、
"Beautiful Day" が続いている。 ■2011年11月20日、
僕は、バレーボールが好きだ。 ■2011年11月19日、
高村薫について書いておきたい。
そこで、今日は周大福で手に入れて来たニラ入りの蒸し餃子二籠をベランダで
頂戴する。
むろん、昨日つくり、第一食目をいただいた豚カレーが冷蔵庫に
あるのだが、食はバライアティーが大切ということで、あえて寝かせて
今日は食べないことにした。
で、ベランダでの餃子。五時半開始の晩餐であるが、西向きで太陽が
さんさんと輝き、Tシャツで、大理ビールとナイス・マッチ。
考えてみると、六年目の麗江にして、初めてのベランダでの食事。
ひと月前もどってきて、ベランダを活用していなかったことに気づき、
昼寝などを開始するようにはなっていたのだが。
ここ麗江の陽射しは今でも、冬でも強い。そしてこの期間は、
完全な雨季であり、太陽と共に生活する日々。となると、この陽光、
活用できないか? と思うのは至極当然。すでに浴室などに使用する
温水器は普及しているのだが、発電用のパネルは見かけない。そこで、
今日もMTBで走って来た北の荒野に、太陽電池が張りめぐらされた景色を想定
してみたりする。
が、それはよくない。草を食む牛・馬・羊たちにはいい迷惑だ。
そこで、思い出した。以下のべるのは、独創的な僕だけのアイデアだ。
アスファルト道路を生かすのだ。いたるところに張りめぐらされ
ている道路を使うのだ。ただし、これには「粉末X」が必要だ。
そっとお教えしよう。アスファルトに「粉末X」を混ぜると、その
「粉末X」の効用により、太陽光を蓄電することになり、また、
「粉末X」よって、導電作用も持つことになり、道路1Kmごとに
一個の出力端子を設置することによって、そこから、電気を獲得できる
ことになる。
まさに、ノーベル科学賞もののすばらしいアイディアではないか?
かくも全てが微細に考えられているのだが、残念、ただ「粉末X」
の一点だけが「謎」として残されてしまっている……。
そんな話を、アマチュア無線からエレクトロニクス、PCまで
広く扱っていたラジオ部の夏合宿で話したことがあった。
生徒・OB諸君の反応は、「よっぱらい教師!」ではあったの
だが。
しかし、あらゆる食材が放射能に犯されていると考えるのが穏当
な今日、核発電に頼らぬ発電を捨てねばならぬ今日、こういった
アイディアは、研究の対象になるのではないか?
……玉龍雪山を北にながめつつ、餃子とビールをおいしくいただき、
そんなことを思った三〇分だった。
(2011.11.21)
昨日、午後3時頃まで、CCTV5(スポーツチャンネル)で、
ワールドカップ女子日米戦を放送していた。これは、生中継なのか、
それとも放送に合わせての録画中継なのか? 今でも分からないのだが、
いい勝負だった。
中国人のアナウンサーだけによる放送(解説者は無し)だった。
「ムーツン、ムーツン」と木村選手の活躍を褒めていた。このあたり、
偏見なしに、いいプレーをほめ(当たり前のことだが)ているのが、
気持よかった。
アメリカチームに対し、これだけの戦いができるのだから、
相当のものだ。11月18日の対独戦の時は、ハラハラしていたのだが、
今回は、ゆったりして観戦できた。
バレーボールは、「身長と力」、そして細かなプレーが鍵。
前者ではアメリカチームが圧倒したが、後者では日本チームの方が
明らかに勝っていた。
CCTV5では、この日米戦の前に、中独戦を録画放送して
いた。中国チームは、「身長と力」と細かなプレーの両方で、
ドイツを相手にもしなかった。
日中戦をみそこなってしまったが、日本・中国・韓国の今後に
期待したい。
で、なぜ女子バレーなのか? といえば、「ひたむきさ」が、
手に取るように感じられるからだと思う。男子バレーは、10分と
見ていられない。また、サッカーでも、男子は明らかに卓越した
プレーに目を見張るのだが、女子は「ひたむき」な走りに注目する
ことが多い。
自身の運動能力が低いということにもよるのかもしれないが、
女子スポーツのほうが分かりやすいようにも思える。何か、自分にも
できそうな幻想を与えてくれるのだ。
(2011.11.20)
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| 07:55に300mmで |
■2011年11月18日、
わがベランダから玉龍雪山が見えるようになった。
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| 11:55に70mmで |
■2011年11月13日、
大根は、太くてながいものがいい。小ぶりのものはダメ。
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| 15:23に300mmで |
■2011年11月12日、
そういえば、俳優・江守徹がNHK・BSに出ていたのを思い出した。
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| 15:36に300mmで |
■2011年11月11日、
絶妙の鶏カレーライスを堪能! むろん自家製。仕込から一週間目の味である。 ■2011年11月9日、
夜の日本語コーナーでのワンシーン。 ■2011年11月7日、
昨日書いた『呂梁英雄伝』につけ足しておきたい。
というのは、週末に料理を作っておき、平日にはそれを食べる
方式を取っているからだ。
だが、四つの秘訣が隠れている。まず、カレー・ルー使用の前に、
醤油で味付けをしたこと。これは、プロの料理人であるかつての同僚
に密かに極秘教授を受けたもの。この段階では、カレーは一切使わず、
とまと・玉ねぎをベースにニンジンと大根を入れている。つまりは、
醤油味・鶏の大根スープといったもの。(これで二食いただいた)
次の秘訣は、「両雄並び立たず」。つまり、大根とジャガイモ
は混在できないのである。よって前の段階において、大根は食べつくし、
醤油味スープとはおさらば。大胆に路線変更して、カレー・ルーの
使用に踏み切る。鍋一杯作ったので、まだまだ三分の二もある。
第三の秘訣は、「寝かす」こと。大学時代通った門前仲町のカレー店
では、作って一週間、冷凍庫で寝かすとのことだった。FM放送で、
ジェット・ストリームが流れる中、味わったあのカレーライスもいい味
だった。その朗読(確か城卓也?)を思い出しながら、火を通し、
冷えた頃、まめに冷蔵庫へ収納。
最後の秘訣。これは、たまたま、そうせざるを得ないということ
から生まれた結果ではある。すなわち、とことん煮込むことである。
冷蔵庫から取り出し、ゆっくり煮込む。むろん、5月12日に書いたように二重鍋
にしなければならない。
かくして、醤油味・鶏の大根スープから姿を変えた我が鶏カレーは、
はるかにC&Cカレーショップの味を越え、おそらくは、日本のどこでも
味わえないだろ最高級のものとなったのであった。
(2011.11.11)
「最近、何かしましたか?」「映画『ノールウエーの森』を
見ました。でも、分かりませんでした」「あれ、性描写が多いですねぇ、
先生」「『1Q84』も、そうですね、先生。私、翻訳で読んだんです」……。
昔、高校時代、モーパッサンの『女の一生』を読んで、「興奮」
した僕としては、どうこの自由会話を展開していったらいいのか、一瞬
とまどった。(くだんの『女の一生』のシーンとは、結婚初夜、男の
毛脛が主人公の女性の脚に触れるというだけのものだったのだが)
確かに、村上春樹の作品には、性描写が多い。そういったシーンに
なると退屈になるのは、僕個人の歳のせいか? だが、余華の『兄弟』にも多く、
退屈さを感じた。しかしながら、おそらく性描写シーンもあったはずの高村薫や村上龍の作品
では、なにも違和感を感じないまま読んだ気がする。
これは、どういうことなのか? かつて、若かりし大江健三郎は、
「人間描写で欠かせないのは、性描写」「性の問題が文学に欠けている」
というふうに考え、『われらの時代』などを書いたのではなかったか。
それから50年、「性」は過剰なほどに、情報として溢れかえって
いる。「性」を神秘的な奥深いものとして直感的に感じていた時代、
(それは僕の高校時代でもある)それはどうなったのか。
(2011.11.09)
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■2011年11月6日、
安定した晴天がつづいているものの、「これだ!」という玉龍雪山は
撮れないでいる。 ■2011年11月3日、
晴れ。授業直前のキャンパスから見た玉龍雪山である。
大学2年生の会話授業では、アクセントに重きを置いているため、
かなりの苦労。縦横無尽に変化するかのような日本語アクセントを、
なんとか法則性の下に紹介したいという苦労だ。また、大学4年生の卒論を
担当しはじめたので、こちらも(面白いのだが)時間がかかる。
ところで、『呂梁英雄伝』を見つづけていて、いくらか分かった。普遍的
に言えば、不合理な暴力を前にして、危険の中でいかに抵抗するか?
――ということだ。しかも、圧倒的な無関心の中、暴力に屈し、
また暴力の奴隷・守護者となった人々の中でどうするか?――という
ことだ。
表の皮を剥ぎとってみれば、ハリウッド映画『ダイハード』と
変らぬ構図が見えてくる。ただ、あちらは個人だが、こちらは、
人々ということか。
(2011.11.06)
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| 07:55に300mmで |
■2011年10月30日、
晴れ。完全に乾季に入ったようだ。
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| 70mmで |
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| 300mmで |
■2011年10月29日、
一方、帰って来た麗江では、こんなTVドラマをCCTV4で放映中。
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| 呂梁 |
■2011年10月26日、
14:15、B地点
での玉龍雪山である。(14mmワイドレンズを使用)
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| 大江と鄭義の小説 |
■2011年10月25日、
今日も快晴。
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| 玉龍雪山 |
■2011年10月24日、
8時から始まる授業。始まってすぐ玉龍雪山が見え始めた。
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| 玉龍雪山 |
■2011年10月21日、
黎明3時半、麗江にもどる。
本来は二か月前に戻る予定が、「想定外」のことが起こったため。
この間、毎週のように戻る日程を変更。予定は常に未定、将来は全く
不明という事態がまるまる続いた。
よって、「そうだ、○○へ行こう」と旅に出ることもままならないまま。
ひたすら待機を余儀なくされ、くさった気持の日々。
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| 9・11集会 |
■2011年7月8日、
孫紅雷という役者は、なかなかの演技派だ。
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| 孫紅雷 |
■2011年7月6日、
飛騨・高山の市長が大学に来訪。学生を含めての小さな集いが催される。 ■2011年7月5日、
「○は、『ν』・『レ』と書いてください」と言われる。 ■2011年6月24日、
植物の生命力には、頭が下がる。
高山市は麗江市と姉妹都市。来年で10周年になるとのこと。
毎年、麗江市から研修という形で一年間、日本語関係者を高山に
招いている。これは特筆すべきこと。僕の大学からも、3人の日本語
の先生がお世話になっている。
国政よりも、自治体、それも、東京・大阪といった大きな自治体
よりも、小さな地方の自治体のほうがすばらしいのではないか。
高山市長の挨拶も心を打った。「中国は昔から日本のお兄さん。
若い学生の皆は、どうか、中国と日本の架け橋になってください」
(2011.07.06)
×は同じでも、○の付け方が、日中では異なる。日本では、
×とも捉えられる「ν・レ(チェック印)」が○なのである。
「文化の相違を押しつけるな!」と大いにむくれて言い返す。
「もし僕が中国語を教えているなら、中国文化に沿って採点もする
が、担当しているのは日本語関係。ならば日本式採点方法を尊重
すべきだ」
どうやら教育局の「評估(評価)」を控えて、指定された方法
を言ったにすぎないようだ。ならば、それを最初に語ればいい。
だが、どう言ったかというと……
「レ・×が国際標準ではないでしょうか?」「同じ日本人の先生
もそうしてくれました」「アメリカ人の先生は若いからでしょうか、
すぐ納得してくれました」……
自国文化への妄信と、他者をとり上げての説得。思わず笑って
しまった。まったく日本的ではないか。多民族国家中国でも、
島国的発想があるとは。これは個人だけの問題なのだろうか。
僕の答。「外国でどう採点しているのか、調べましたか?」
「人は人、僕は僕」「年寄で悪かったね」。
(2011.07.05)
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| 14:55に |
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| 同左 |
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| 15:40に |
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| 南方面、15:55に |
■2011年5月12日、
物価が急激に上がっている。
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■2011年5月10日、
太陽直下40℃を越える暑さ。
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■2011年5月8日、
日本は、核放棄宣言をすべきではないか。
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| 50mmマクロで14:00に |
■2011年4月23日、
小川未明の『眠い町』は、すばらしい。
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| 50mmマクロで10:30に |
■2011年4月8日、
いい人はいるものだ。
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| 個人情報で拡大不可 |
■2011年4月7日、
快走・快汗・快食・快眠をつづけている。 ■2011年4月4日、
暑い。
身体だけでなく、頭もいくらかすっきりしてきた。
そこで、思うのは、統一地方選。「天罰」発言の主は、原発推進者でもある。
彼にだけは、東京都民は投票すべきではない。
(2011.04.07)
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| 300mm |
■2011年4月3日、
黙々とMTBをころがす。
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| 14mmワイドで |
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| 120mmで |
■2011年3月27日、
涙は乾いても、心は癒されない。
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| 50mmマクロで15:00に |
■2011年3月22日、
天も鬱々としているのか、このところ曇天が多く、寒い。 ■2011年3月15日、
午後、駐日中国大使館は、災害地区の中国公民の帰国を呼びかけた。 ■2011年3月13日、
いたましい。 ■2011年3月12日、
高空からの撮影画像は残酷すぎる。 ■2011年3月11日、
こんなことを思った。 ■2011年3月3日、
菜の花が満開。連日の好天に、菜の花も、蜂くんもニッコリ。
一万におよぶ亡くなった方々に心から哀悼の意を捧げたい。
また、一万を越える行方不明者の方々が一刻も早く見つかるよう
祈る。
ひさしぶりの太陽を見ながら、MTBで流し、思った。
まず、原発事故についての楽観的見方が日本では多すぎると
いう点。CCTVで、あるいはインターネットでは、現在の
放水作業は根本的解決とはならず、メルトダウン、あるいは、
数十年にわたって放射能災害がつづく可能性があるとの情報がある。
いったいどうなのか。
つぎに、脱原発は当然のこと。どうするか、という点。大量消費
をなくすことだ。昔、一般家庭では10Aが普通、今は40・50A
が普通。電力料金も、使用量が多いほど安くなるという奇妙な体系。
家電も待機電力を要するものが多くなった。身近な無駄をなくすこと
が誰でも可能な第一歩ではないか。
また、ふと思ったのは、避難所のこと。電気水道が未だ通って
いないという。ならば、船はどうか。米国の航空母艦が向かった
という情報があったが、あれは本来戦争用。人々が住居として住む
ために、仮設住宅ができるまで、客船を使うという手がある。
停泊できる港さえあれば、大なら一万人が、小でも数百人が、避難所
以上に快適な生活をすごすことができる。熱い物を食べ、暖かい中、
風呂にも入れる。時折動き、錨泊すれば、放射能の危険も避けられる
し、また燃料もそう食わない。
……。たいした提案もできない。しかし、今、この事態は、
「核時代の想像力」を問われているのだ。大江健三郎氏がフランス
紙に答えていたが、今、誰もが日常の生活の中から、想像力を働かせ、
声をあげていく必要があるのではないか。特定の人ではない。
ふつうの人、ただの人、ひらの人間。素朴であり真摯な発言こそが、
時代を救えるとするなら、可能なただ一つのものではないか。
(2011.03.22)
速い対応。理由は、原発事故の危険性と不確実性によるというもの。
枝野官房長官が、逐一、福島原発について記者会見をし、その内容は
ほとんど同時通訳でCCTVで報道されてきた。しかし、「安全」を
強調しすぎている印象がずっとした。
そもそも素人である枝野氏が、なぜ原発の動向について説明可能
なのか。東電のメッセンジャーボーイになるだけだ。
原発は、即座に停止すべきだ。安全性を絶対的に確保できぬものを
作ることのおかしさは、子供にでもわかること。
ところで、「日本、がんばれ!」アモイで仕事をしている卒業生から
メールが入った。僕が日本にいて災害に遭っているかもしれないと、
心配してくれたメール。うれしい。
一方、「天罰」「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす
必要がある」と語った政治家がいるという。2001年に、
(中国人を指して)「民族的DNA」と述べた方である。
どちらが、すぐれて人間的かは言うまでもない。あきれた――
と言うより、悲しいことだ。とりわけ東京都民は、災害県の人々に
対して、心からわびなければならない。具体的行動の機会が、来月
ある。(政治家発言は東京新聞ネットで知った。CCTVは、下品
発言と見なしたのか、放送していない)
(2011.03.15)
今日もほぼCCTVは通常番組枠を破り、「日本大地震」関係特別
番組を放送していた。画面に眼をうばわれ、眼がしらが熱くなる。
なんと、1万人を越える人々が行方不明だという。
CCTVでは、多くNHK画面を転用、時には同時通訳で内容を
紹介。報道の立脚点は、一言でいえば、「惻隠の情」。
それにしても、気になるのは福島原発。「原発は無害」とその
開発を推進してきた人々、特に世論馴らしをすすめた評論家、
コマーシャルでさんざん煽った芸能人は、今、どう説明できるのか。
あの襲い来る津波のなか、号泣のおたけびすら出せず、津波に
さらわれていった人々を思うと、悲しい。だが、原発を推し進めて
来た人々を思うと、怒りを感ずる。
(2011.03.13)
終日、CCTVで、「日本大地震」の特集報道番組を見つづけた。
ゆっくり、津波にのみ込まれていく家々、車。それは、SF映画で
見たことがあるような画像。
対して、気仙沼市内に津波が押し寄せる画像も見た。これは、
その中にいて、カメラを回している画像。前者が全体を鳥瞰できる
良さをもちながら、そこにいる人々の声は聞こえてこない。が、こちら
は、声は報道されずとも、多くの人の、魂の叫びが聞こえてきた。
そして、昨日、思いも至らないでいた自分が、情けない。
一瞬にして、失われた、千人を超える命。千の生活が、千の青春
が世の中から消されてしまったのだ。
(2011.03.12)
音楽は耳の外から聞こえるはず。あたりまえだ。それが、MP3プレイヤー
では、イヤホーンを使わざるをえず、まるで頭の中で響いている感じ。
それではダメだ。第一、耳によくない。なんとかしなくては。
――そこで、プレイヤーからの出力を受け入れられる物を探して
みた。なんとかなりそうだが、なんともめんどうだ。コネクター
が必要となる。
……と迷っているうちに、はっと気付いた。DVDプレイヤー
にUSB端子があるはず。あった! OK。だが待てよ、昨年入手
した液晶テレビにも、USBコネクタはあったのではないか?
そう。やはりあった。
これで、TVにMP3プレイヤーをUSBでつなぎ(「つなぐ」と
いうより「たらす」イメージ)、バッハもマーラーも聞けるようになった。
TVのスピーカーなので、音はヘッドホンほど良くはないが、
バックグランド音楽としては、十分。
そうしているうちに、またまた、ひらめきが。USB端子なら、
なにもMP3プレイヤーでなくとも、ただのUSBメモリーでいい
のでは? ズバリ、その通りだった。
便利になったものだ。独立していた電子機器が、USBによって
つながり合えるようになった。いわば、「連帯」である。
ならば、時代に取り残され気味のラジオにも、連帯性を持たせて
ほしいものだ。USBで、パソコンとのコミュニケーションという線も
考えられるが、といって、USB端子では、大きすぎる。現在、
記憶メディアとして最も安価なSDカード、あるいは、マイクロSDカード
挿入端子を付け、MP3再生はもちろん、ワンタッチ録音可能にする。
要は簡単であること。そんなラジオ、短波もついていたら、即、
入手したいのだが……。
*これを書いている途中、大学の外事担当者から「日本で
大地震が起きたというニュース、大丈夫ですか」という電話が入った。
すぐネットへ。おおまかに東京は大丈夫だということだけ確認。
しかし、「君が代訴訟 教員ら167人処分取り消し」という記事
と同時に、「石原氏『国家の命運支えぬく』4選出馬を表明」という
報道を見た(いずれも「東京新聞」のネット)。
最近、石原慎太郎都政に好意的な記事が多かった。働きながらも
大学に通えた都立大学をそうではない「首都大学東京」へと変え、
都立の学校に「君が代・日の丸」イデオロギーを強制した張本人は誰か?
時代錯誤の国家主義者を、今、このきびしい状況下の日本は
必要としていない。それにしても、「出ない」と言っていたのに、
「出る」とは? 主義主張は全く異にする僕だが、「引き際の矜持」
くらいは持っていると思っていた。その矜持すらないとは。
(2011.03.11)
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■2011年2月28日、
A地点
付近をMTBで流して帰ってみると、停電。 ■2011年2月27日、
食事改善計画を開始。 ■2011年2月26日、
朝の雲に目を引かれる。
現在、辺りが真っ暗になった午後8時。ここ麗江での停電には、
三種類ある。僕のアパートだけ、大学だけ、そして、周辺地域。
今回は、どうやら最後のもののようで、一面の暗黒の中、車の
ヘッドライトが異様に動く。
停電――というと、昔はよくあった。僕は横浜育ちだが、すぐ
そばに変電所があって、夏は落雷、他の季節でもいきなり電気が
来なくなったものだ。電力事情がよくなかったのだろう。
でも、停電は、ひそかに秘密の世界が開かれるような思い出も
ある。西の山影だけがほんのり見える8時10分、寝床でなつかしい
扉をひらくことにしよう。(この記事は明日アップします)
(2011.02.28)
とにかく東京の野菜価格の高さにドギモを抜かれてもどって
来たので、野菜、特に青物を食べることにした。食べられなかった
トマト、そして青物を探したところ、「芥蘭菜」というものを入手。
芥蘭菜って、ほうれん草に似ていながら別物。茎も葉もなかなか
おいしい。どうやら中華ではよくある野菜で、食べたことがある
気がする。
(2011.02.27)
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■2011年2月25日、
昨日おそく麗江にもどる。
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